零の旋律 | ナノ

V


「……何者だ?」

 標葉は袋からもう一刀の刀を取りだし、二刀構える。

「二刀流か、カッコいいな」

 溢れるばかりの殺気を放つ標葉とは対照的に――否、その殺気を流すような飄々とした態度を男は貫いている。
 その手には鋸のような刃が付属した大剣――それも男の身長と変わらないそれを握っている。地面についたそれは、移動するたびに大理石で出来た床を傷つけた。

「お前は誰だ?」

 標葉には見覚えがなかった。その男も、背後にいる女も。
 だが、これだけの実力を有する男を知らないことはありえないと標葉は疑問に思う。
 標葉は実験体を監視、反逆者を殺す立場である『執行官』の人間であった。
 実験体とはこの塔で行われていた研究の被験者の名称だ。
 執行官は実験体を殺すための存在であり、それ故に執行官は実験体を凌駕する実力を求められる。中でも標葉は実験体に恐れられた存在であり、その実力はトップクラスで折り紙つきだ。
 だからこそ、この男と背後にいる女が執行官であるのならば、同じ執行官である標葉が知らないはずがない。別の仮説としてこの男と女も実験体であるということもあるが、そうなると塔の入り口から足を運んだと思われる事実に矛盾が生じる。
 そもそも、放っている殺気は間違いなく狩る側が放つ殺気だ。
 ならば――何者だ。

「俺の正体が知りたいのか? 俺は異端審問官だ」
「異端審問官だと!? 異端審問官が何故此処に!」

 標葉は驚愕する。此処に何故、異端審問官がいるのか理解できない。だが、肌で実感した危険だと。いつ追手が背後からやってくるかわからない状況で異端審問官を相手にする余裕は何処にも存在しない。
 『異端審問官』は“彼ら”にとって不都合となる人物を抹殺する者の名称だ。

「お手伝いさ」
「おい、逃げるぞ」
「何故? 邪魔をするならば殺せばいいじゃないか」

 標葉の言葉に、しかし少女は首を傾げる。少女にとって邪魔者は殺せばいいだけの存在だった。少女の周りに結晶が無数に浮かぶ。それは死の破片だ。触れれば全身を貫き対象を死へ追いやる。

「流石脱走を目論む実験体だ。“異能”の精度が高いな」

 男は愉悦を浮かべる。男の背後にいる女は無言だ。

「さてっと。じゃあお手伝いをしますか」

 異端審問官の男が動く。標葉は気を引き締める。この男は自分と互角の実力を有しているのだ、油断するわけにはいかない。未だに動く様子のない女も恐らくは異端審問官だ。そうなると弱いはずがない。何らかに特化した存在だ。


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