零の旋律 | ナノ

ENDfateT


 クロア=レディットは最上階へ到着した。空を一望でき夜景に輝く星星が美しい。
 神秘的な空間には壁にうっすらと幾何学模様が描かれている程度で、他は空を一望するのにふさわしい場所に白の豪華なソファーが置いてあるだけだった。そこに一人の人物が座っている。忠義を尽くすかのように執行官が数名肩膝をついていた。

「クロア=レディットか。此処まで来るとは予想外だ。忌々しいな」
「他は全員殺した。後はお前だけだ」

 クロアが足を踏み出そうとする、空間が揺らぐ――否、執行官が動いたのだ。死を授けようとして。

「……僕を残りの執行官ごときが殺せるはずないじゃないか」

 クロアは左手を一閃するだけで生みだされた結晶が執行官の命を刹那にて奪う。

「そうだな。全く……屈辱を我慢してお前を殺すために異端審問官に正式な依頼をしたというのに、結局貴様が此処まで来てしまうとは、異端審問官も口だけか、いや、貴様をそれだけボロボロの姿にしたのだ、それ相応の実力はあった程度には認めてやらないと駄目か」

 酷く、不気味なほどに落ち着いていた。
 それは異能も執行官や異端審問官のような実力を持たない人間の姿とは思えない。
 執行官も異端審問官も失った人間の姿とは思えない。
 しかし、クロアには関係ない。こいつを殺して復讐を殺すことだけがクロアの目的だ。
 クロアは足を引きずりながら一歩一歩近づく。
 月明かりに照らされる研究の塔を牛耳る男の表情はやはり酷く落ち着いていた。
 クロアは左手を掲げる。七色に輝く結晶が男へ向けて――放たれた。男はその時動いた。否、その手を動かした。
 クロアに避ける力はない。それは針だった。
 織氷との激戦でボロボロになった衣装の、肌蹴ている部分に針は刺さると同時に男の身体を結晶が貫いた。

「ははは、お前もおしまいさ。それは異能促進剤。異能を無理矢理強化する薬だ、尤も必要ないかもしれないがな、だが念には念を入れさせてもらう。お前に生きる術は存在しない!」

 男は血を吐きながら、呪詛を唱える。
 クロアは取り乱すわけでもなくただ、狂気の笑みを浮かべていた。

「そんな死刑宣告、どうでもいい。僕の身体の事は僕が一番わかっているんだ」

 異能を酷使した身体は異能に浸食される。
 それはクロア自身が一番身近で体験していた。ウィクトルと刃を交えた時、右手が結晶に浸食された。死を恐れて腕を切り落とした。
 今だって心は死にたくないと涙をしている。
 それでもクロアは死と引き換えにしてでも復讐を成し遂げたかった。
 死を望んでなどいない。生を未だ渇望している。けれど、命は風前の灯。
 だから、僅かな命を全て使って復讐を果たす。
 男の身体は結晶化する。
 クロアの媒体として、床一面が結晶化し、結晶は木々のように上へ伸びて、建物全体を結晶へ変貌させるかの如く飲み込んでいく。
 次から次へと幻想的な死の空間を作り出していく。
 足は、地面に根が張ったかのように動かない。

「あははははは、僕は、僕は復讐を成し遂げたんだ!」

 クロアの身体は針によって急速に異能が活性化し始めている。
 急速に活性化した異能はクロアの命を蝕む。
 クロアは笑っていた。ダンスでも踊りたい気分だった、でも出来ない。
 足が動かない。どうしてだろう。

「あはははははああああああああああ」

 クロアは叫ぶ。頬から流れる涙は結晶の粒となり、ダイヤモンドのように美しい。
そして雪のように儚い。


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