零の旋律 | ナノ

PurposeU


「絶対の王? 何だそれは、随分と大層な呼び名だな」

 クロアが鼻で笑う。

「そうだ、大層な呼び名だ。しかし異端審問官にとって、絶対の王とは絶対的存在であり、その存在を疑う異端審問官は存在しない。絶対の王が黒と言えば白も黒になる。白と言えば黒も白になるんだ」
「……何だそれは……確かそんなことをあの男も言っていた」
「それほどまでに絶対的なのさ。“絶対の王”とは圧倒的存在、そして圧倒的カリスマ性を持っている。だから、彼らは“正義”を掲げる者を殺すことを躊躇しない。女子供だろうが、何だろうが殺すのを躊躇わない。絶対の王が命を下せば、どんな悪逆非道な行いだって笑いながら実行に移せる集団何だ」
「何というか、得体のしれない奴らだ。そんな奴らの下らぬ忠義心でメリーゼは殺されたのか」
「そうなるな」
「わかった。さて、朝食を食べようか、冷める」
「そうだなって何をしている」
「食べさせてくれ。ほら、あーんと」

 クロアは顔をやや標葉寄りに近づけて待っていた。標葉は自分で食べろよ――と思った時、クロアの寂しげな瞳と、そして失った右腕が目にはいった。標葉は黙ってスパゲティーをフォークで絡め、そしてクロアの口に入れた。

「相変わらず標葉の料理はうまい」
「そりゃ、良かった」
「次、次」

 口を開けて催促してくるクロアに次のスパゲティーを口の中に入れてあげる。
 それを美味しそうに頬張るクロアを見ていると料理が得意で良かったと思う。
 復讐を忘れて少女として生きてもいいのに、そんなことを思ってしまう。だが、それを標葉決して口にしない。クロアが願ったことは復讐なのだ。ただの少女として生きる道ではない。
 クロアがテレビの前のソファに座って休んでいる隣で標葉は編み物を始めていた。

「そうだ、標葉。ずっと僕は聞きたかったことがある」
「何だ?」
「何故標葉は上司の命令に背いたんだ? 今までの君は執行官として命令に忠実な狗だったじゃないか」
「そうだな」
「僕たち実験体を殺すことに何の疑問を抱いていない瞳を君はしていた。なのに突然実験体を殺さなくなった。どういう風の吹きまわしだい?」
「突然さ。ある日突如として俺の行いに疑問を抱いたんだ。それに対して疑問を抱いてしまったら俺は刃を振るえなくなった、それだけだ」
「そうか。君は馬鹿だな、例え疑問を抱いていても――それでも君が刃を振るい続けていれば君が命令違反として投獄されることもなかっただろうに」
「そうだろうな。でも、後悔はしていない」
「――後悔をすることは僕が許さない」
「それは実験体としての言葉か?」
「そうだ」

 執行官は実験体を殺す存在。だから実験体にとって、標葉が勝手に疑問を抱き、刃を振るうことを止めたことに対して文句を言うことはしない。しかし、標葉がそれを後悔することは実験体にとって許せなかった。

「出来た」
「何だ、その長い紐は」
「マフラーだ。ほら」

 クロアのカラーに合わせてか黒の毛糸で編まれたマフラーをクロアの首に巻く。やや長めに作られたそれはクロアが歩くと靡いた。
 クロアはマフラーが嬉しいのか、ソファーの上でぴょこぴょこ無邪気に飛び跳ねる。

「おい、ソファーが壊れる!」
「ふふふ、是がマフラーか。温かい。標葉の温もりと匂いがする。そうだ、標葉」
「何だ? っ――!」

 クロアの顔が近づいたと思うと、クロアと標葉の唇が重なった。クロアからの突然のキス、驚愕でクロアを突き放すことも、抱きしめることも何も出来ず標葉は固まる。

「ななな、ななにを」

 クロアのキスが終わり、口が自由になると口をパクパクさせながら標葉は動揺から回復せずに問う。
 クロアは大変愉快そうに笑った。

「何ってお礼だ」

 断言するクロアが無邪気で標葉は何も言える気分にならなかった。何も――言葉が浮かばなかった。


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