零の旋律 | ナノ

FriendX


 メリーゼの太ももから血が溢れる。立っているのも辛いはずなのに、メリーゼは必死に痛みを我慢している。悲鳴は我慢出来ても、溢れる生理的な涙だけはこらえられない。頬を伝う涙。クロアの瞳はそれを捉えた。結晶が意思を持ってウィクトルへ襲いかかるが、ウィクトルはそれを軽く払う――背後を振り返ることすらしないで。
 ――動け、僕の身体。この程度の痛みはどうってことない!
 ――僕が動かなければ一体誰がメリーゼを助けるという。
 ――メリーゼは、メリーゼは僕の友達だ

「答えろ。仲間は何処だ?」

 傷が増える。それだけでクロアの心が痛まれる。否、それ以上に痛いのは――メリーゼだ。

「答えるわけないでしょう。仲間を売るような真似はしないわ! クロアが研究の塔の実験体だったというのなら、なおさらのこと」
「そうか」
「えぇ。そうに決まっているじゃない。箱庭の街なんて――そんな場所、箱庭は閉じ込めるために存在しているわけじゃないでしょう!」
「さーな。俺にとって箱庭の街なんて、どうだっていい」

 クロアは必死に立ちあがろうとして、膝をつく。激痛が迸る。それでも立ち上がることを諦めない。間に会えと切に願って。

「そうね、貴方たち異端審問官にとって大切なのは『絶対の王』に従うことだけ。貴方達は意思なき人形だわ」
「異端者に教えておいてやるよ。“あの人”が正しいと言えば全て正しいのさ。例えそれが白を黒だと言ったとしてもな。あの人は俺たちの全てだ。まっお前の見上げた根性だけは認めてやるよ」

 それが最後、赤き血を滴らせながらも気丈に立ち続けた少女への死の一撃

「やめろおおおおお!」

 クロアが叫ぶ。しかし遅い。手を伸ばす。しかし届かない。
 無情に少女の矮躯を貫く刃。少女はだらりと力を無くす。異端審問官が貫いた刃を引き抜く。途端に溢れだす血が地面を小さな海へと変える。
 間に合わなかった絶望感に打ちのめされるよりも激情に駆られる。数多の結晶がウィクトルへ襲いかかろうとするが、結晶が地面を貫いた時、既に異端審問官の姿はない。
背筋に悪寒が迸る。背後に現れたのはウィクトルだ。
 圧倒的な早さは武器だ。ウィクトルはその武器を駆使してクロアの攻撃を交わし、背後に立つ。振り上げようとした手の手首をウィクトルが掴む。握力で手首の骨が折れそうだ。痛い、けど、そんなことどうでもよかった。悲しい。ただ、悲しい。

「僕の、僕の友達を君は殺したっ!」
「それが俺の仕事だ。今あるべきあり方に反発して、新しいあり方を作り出そうとする輩を俺たちは異端者と呼ぶ、その異端者を殺すのが異端審問官の仕事だ。あの少女は異端者の集まる組織に属していたのさ」

 淡々と告げる事実など、クロアの耳には届かない。

「まぁ、それはどうでもいいが」

 クロアの手首を放つ。付き放つ。クロアは足を回転させてウィクトルへ向きあう。ウィクトルは歩き出した。
 クロアが戦うよりも先に、クロアの横をすれ違う。

「実験体、お前では誰も救えない」

 残酷なる事実を告げて、異端審問官はその場から姿をくらます。
 クロアは忘れていた痛みが一気に溢れて来たようで立っているのも精一杯だった。涙が頬から溢れる。無残に横たわるメリーゼの死体、守れなかった自分。
 異端審問官の言葉が心に突き刺さる。
 ――僕は、僕は……


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