零の旋律 | ナノ

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 ウィクトルが振るう刃がカマイタチとなり建物を破壊する。クロアは結晶の力を借り、宙へ浮かびあがり回避する。

「君の攻撃はまるで異能のようだね」

 それはクロアに取っては褒め言葉だった。ウィクトルの攻撃は異能を砕き、異能を破壊し、そして人間の限界を超えたかの動きをする。
 超人的な技巧を持つそれは、まさしく異能と大差はなかった。

「それはお前にとっての褒め言葉か? しかし俺にとって、それは侮蔑だな。異能とは“人間”が持つ代物ではない」
「そうか、でもこれを手にした僕は僕が望んだわけでもない、だから僕はそれを利用するだけさ」

 弧を描く。結晶が空を埋め尽くすほど反射する。眩く。真っ赤に染まった血のような無数の破片が地面へ向けて落下する。重力加速する刃は地面を抉り、傷つける。コンクリートはひび割れる。
 ウィクトルは迫ってくる欠片を、大剣の刃を地面に置き、そして結晶が迫ってきた瞬間、下から上へ大剣を思いっ切り振るう。そこから編み出される真空波が見えない壁となり結晶を弾く。ウィクトルは無傷だった。
 クロアは華麗に地面へ着地をする。
 刹那の時間が命取りになる激しい攻防。クロアは異能の力を全力で使ってウィクトルへの攻撃を試みる。

「流石だな。実験体としての初めて脱走しただけのことはある」

 ウィクトルの視線が鋭くなる。それは一撃必殺の攻撃に転じる瞬間。
 転瞬、クロアは悪寒が迸る。直感が、第六感が視界や嗅覚や触覚が取られるよりも早く危険だと判断して、全身が回避行動を取ろうとする、そして結晶がクロアを守るように集結する。
 だが、刹那の間が勝負を決める。結晶が弾き飛び、欠け落ちる。斬撃がクロアの身体を直撃する。真っ赤に上がる血飛沫。強烈な衝撃は痛みが来るよりも早い。

「がっ……」

 黒き衣が赤き死神の手に委ねられ、透明なる光が黒き衣を守護する。地面へ落下する。布が擦り切れる。血が流れる。クロアは勢いを殺せず受け身も取れず、地面を転がる。
 もとより異能に頼り切った戦闘を得意とするクロアに卓越した技術を誇るウィクトルの攻撃を――絶技に対して受け身がとれるはずもなかった。

「さてと」

 冷酷な瞳がメリーゼを射抜くより早く、メリーゼは駆けだしていた。重傷であろうクロアンの元へ。遠目でも判断出来る。身体が動いていると、死んではいないと。その事実だけが確認できた。
 クロアの命を掬ったのはその異能。クロアの守る結晶が、ウィクトルの斬撃を緩めたのだ。
 結果致命傷は免れ、生きていた。しかし激痛が全身を襲っているのだろう、もがいている。
 今すぐに抱きしめたかった。クロアの顔を間近で見たかった。だが、それは叶わない。
 刹那眼前に現れたのは異端審問官。その鋭利な刃が真っ直ぐにメリーゼを射抜く。
 
「ま、待て」

 距離を――メリーゼとウィクトルへの距離を縮めようと、うつ伏せになりながらもクロアは這い出るように、砕けたコンクリートを手にして、身体が傷つくのも構わずに必死に前へ進もうとする。

「僕はまだ、負けていないし死んでもいない。メリーゼに手を出させはしない」

 意思の強い瞳に、しかしウィクトルは一瞥することもなく、無言のままメリーゼの身体を傷つけた。

「っああっ……」

 途端溢れる血、そしてかすれた声、唇からは血が流れる。それはメリーゼが悲鳴を我慢しようと強く唇を噛みしめた跡。

「さて、異端者メリーゼ、答えてもらおうか? お前らの組織の仲間は何処にいる? そして何処が拠点だ?」
「…………」
「答えろ」

 圧倒的実力を有するウィクトルだ、相手を一撃で殺す方法を熟知していればまた、相手を殺さないで痛めつける方法も熟知しているのだ。


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