零の旋律 | ナノ

FriendV


「クロア!」

 メリーゼが思わず叫ぶ。
 目の前にいる水色髪の彼は『異端審問官』だ。
 見つかってしまえば抗う術はない。
 圧倒的な力において異端者をねじ伏せる殺戮集団、それが異端審問官だ。

「下がっているんだメリーゼ。君に手出しはさせない。君は戦えないだろう?」
「そうだけど、でも!」
「僕がこいつを殺せばそれで済むだけだ」

 クロアはメリーゼがただの少女だと知っていた。そしてメリーゼは友達だ。それだけで十分すぎた――クロアが刃を振るう理由には。
 異端審問官は、鋸のような刃の大剣を片手で軽々と扱い、標的をメリーゼからクロアへ切り替える。クロアを倒さないことにはメリーゼに刃をつき立てることは難しいと判断したからだ。

「殺す? 随分と実験体が思いあがったことを」
「僕を舐めるなよ。それに僕は君に個人的な恨みもある。標葉の綺麗な瞳を傷つけたんだからな」
「標葉? あぁ、執行官の彼か。あれを恨みに思われたら困るな、あれは正当な勝負の結果の代償であり、それだけだ」

 クロアの結晶が異端審問官を殺そうと襲いかかる。それを風圧だけで異端審問官は相殺する。途端幻影のように彼は消える。そして背後から襲いかかる。しかしクロアとてそれは一度見た現象だ、何度も喰らうほどクロアは戦闘経験が低くない。弱くない。
 結晶が無数に集まり一つの壁となる。壁が一瞬でも剣撃の速度を緩めればそれで良かった。それだけで間合いを取れる。結晶は無残に砕け散り、そして破片となり空を煌めかす。クロアは間合いを取る。優美に髪が靡く。

「それと、君と一緒にいた女はどうしたんだい」

 クロアはこの場にいない灰色の少女が何処かに潜んでいるのかと勘繰るが、しかし異端審問官は首を横に振る。

「別行動中さ」
「成程、それが本当なら有難いね。僕も今標葉とは別行動中だから」
「さて、相手が実験体とはいえども、名乗りだけでも上げておこうか。異端審問官ウィクトル――参る」

 礼をするような流れと同時に異端審問官――ウィクトルは一歩踏み出す。瞬間移動と錯覚するほどの早さで間合いを詰める。
 ――早い!
 クロアは咄嗟に結晶を眼前に大量に出現することでウィクトルの攻撃を防ぎ、そのまま攻撃に転じるが、ウィクトルの大剣はそれらを全て防ぐ。
 激しい猛攻は地面を砕き、むき出しのコンクリートの下からは土が見え隠れする。
 メリーゼは何もできず、ただ茫然と立ち尽くすことしか出来なかった。
 人間としての力を超越した異能を扱う彼女――クロア=レディットが、研究の塔での実験体だとわかってしまった。

「(だから、貴方は何も知らなかったのね、この箱庭の世界を)」

 クロアが浮かべる凄惨な笑みは血に飢えた獣のよう。


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