零の旋律 | ナノ

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「空ってさ、でも眺めていると気持ちいいよねー」

 クロアは空を眺めてそう言った。少女が空を眺めていた理由を、気持ちがいいからだと判断したからだ。
 純粋に笑顔を浮かべるクロアに少女は朗らかに笑った。

「そうですね」
「だよね。でも空を飛べたらもっと良かったのにと僕は思う。人には何故翼はないのだろうか」
「人間が支配出来ないように翼をもいだのかもしれませんね」
「あははっ、面白いね。僕はクロアっていうんだ、君は?」
「メリーゼって言います」
「メリーゼか」

 メリーゼと名乗った少女は強気なクロアとは対照的に大人しい印象を与える少女だった。年の頃合いはクロアと同じくらいだろう。ふんわりとした柔らかいワンピースにストールを羽織っている。亜麻色の髪は肩までで揃えられていて、紫色の瞳は年相応の愛らしさがあったがその中にある強い意志を標葉は読みとった。
 宜しく、の意味を込めてクロアが差し出した手をメリーゼは優しく握り返した。
 クロアはメリーゼに興味を抱いたようだった。
 標葉は都合がいいと思った。
 同年代の友人がいないクロアに、もしメリーゼが友達になってくれるのならば――ただ道端でぶつかっただけの相手だ、それを望むことは難しいかもしれないが、それでも友達が出来るのならば、それに越したことはない。
 自分とクロアでは年齢が十歳離れていて、同年代の友人はなれないし、当然、同性の友達にもなれない。

「俺は標葉。メリーゼ、もし時間があるのなら俺がおごるからお茶でもしないか?」

 断られる可能性が高いと思いながら当たって砕けろ精神で申し出た標葉とは裏腹に、そんな可能性を微塵も考えていないクロアが言葉を続けた。

「いいね、それは。どうだい? 標葉のおごりだ、美味しい店に行こう!」
「……あ、はい。でもいいんですか?」
「勿論だ。標葉がおごってくれるんだ、何も問題はないだろう?」

 そういう意味ではない、と標葉とメリーゼ両方が思ったが、あえて口にすることはなかった。

「では、お邪魔しますね」
「歓迎するよ」

 だからなんでお前は尊大な態度なんだよと標葉は思いつつも、メリーゼが楽しそうに笑っていたので、注意することはやめた。
 標葉の案内で訪れたお洒落な外装の喫茶店にクロアは堂々とした足取りで扉を開けた。カントリー調に統一された店内にクロアは益々目を輝かせる。

「標葉酷いじゃないか。こんな素敵な店を今日まで秘密にしているなんて」

 無邪気な――十六歳とは思えないはしゃぎ方にメリーゼはやや首を傾げた。

「あ、あいつ結構世間知らずでさ」

 標葉はフォローすべく、メリーゼに簡潔に告げる。
 塔の実験体だったが故に、街を知らないとは言えなかったし、言う必要もない。

「そうだったんですか、でもいいと思いますよ――まるで無垢なようで」
「まぁな」
「世間知らずと言っても流石にこの『箱庭の街』を知っているでしょうに、それすらも忘れたかのような振舞いに私の方も心から笑えましたし」

 やや寂しげにメリーゼは告げる。標葉は同意も、否定も出来なかった。


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