零の旋律 | ナノ

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「貴方はベルジュの面倒くささを知らないから呑気にいえるんですよ……全く。まぁこの話は此処まででいいでしょう。奪われた霊石は闘技場の霊石なのでしょう? シャルから貰った霊石は?」
「それは盗まれていないし、第一ケイやレンカの預かり知らぬ所での出来ごとだろう」

 シャルから貰った霊石を懐から出すことはしなかった。アーティオがいる以上大丈夫だろうが万が一また盗まれたら困る。唯一手に入れられた霊石なのだ。手放すわけにはいかない。

「それもそうでしたね――こっちです」

 アーティオが氷室の袖口を引っ張り走り出した。氷室はアーティオの速度についていけずバランスを崩しそうになったところで、契術を用いて浮遊してついていった。浮遊したところでアーティオは袖口から手を離した。
 何にアーティオが反応したのか最初はわからなかった氷室だが次第に理解した。戦闘音がするのだ。是が確実にケイとレンカであるとは限らないが、可能性としては高い。ケイはレンカを追っていたのだから。止まない戦闘音。
 森の中を進んでいくと、木々がなぎ倒された場所へ到着した。周囲の自然は破壊された跡が戦闘の激しさを物語っていた。
 果たして――争っているのはケイとレンカであった。
 状況は一目見てもわかる程ケイが有利であった。レンカは身体のいたるところから血を流している。その端正な美貌は苦痛にゆがんでいたが、瞳は諦めを宿していいなかった。
乱入者にケイとレンカの攻撃する手が一時的に止んだ。ケイの両手に構えられた鎖鎌が氷室とアーティオへ向けられる。

「何をしにきた」

 未だヘラヘラとしたケイの印象が残っている氷室は、冷淡な今のケイとの違和感を覚えずにはいられなかった。

「何をしにきたって、そんなもの当たり前だろ。奪われたものを取り戻しに。そして、奪いにきただけだ」

 レンカが国宝――精霊石を所持しているのであれば、だ。
 ケイは不愉快そうに舌打ちをした。

「全く契徒はどいつもこいつも……。そっちの青いのはお前あれか? アーティオ・マイティスか?」

 ケイの鋭い視線がアーティオへ向けられる。鋭い視線を受け流すように柔和な笑みを浮かべたままアーティオは肯定した。

「そうですよ」
「契徒に暗殺者か……。邪魔をするな。俺はレンカとの決着をつけるだけだ。レンカ、最後にきいておく。どうして裏切った」

 一瞬切ない表情になったのを氷室は見間違いだと片付けた。容赦なくレンカを傷つけられるのだ、切ない表情に見えるはずがない。

「仕方ないじゃない。私だって、居心地のいいあの場所にい続けたかった。けれどそれが叶わないなら裏切るしかない」

 本心をろとさせたレンカの言葉にケイは一瞬だけ敵意を見失った。

「叶わないならって、だったら叶えれば……」

 瞳が揺らぐ。その様子にレンカは切なげに笑った。

「叶わないのよ。例え、ケイに泣きついたところで私には叶えようがなかったことなの」
「レンカ……俺じゃ、どうしようもないことだったのか」

 その言葉に、氷室はもしかしたら二人の関係は上司と部下なだけではなかったのかもしれないと思った。だとした何故レンカを容赦なく傷つけられるのが理解出来ない。裏切りが許せないのか――それともそれ以外の理由があるのか。二人の関係性を表面上しか知らない氷室には推測のしようがない。

「えぇ。そうよ。だから、私は裏切りケイと敵対する未来を選んだの。私は諦めないわよ。ケイ、貴方を倒すわ」

 レンカが踏み込む。諦めを知らない意志が、ケイを貫く。寸前で回避したが頬から血が滴る。
 鋭い爪が繰り出す連撃を、ケイは鎖鎌で受け止め流す。

「レンカ」
「さようならよ。ケイ、どちらにしろ――」

 最後まで言葉は続けなかった。
 レンカは終わりにするため、目くらましに使ったのと同様術を扱おうとしたが二度目は通じないと動きを読んだケイの鎖鎌がレンカの身体を貫いた。血飛沫を上げて絶命する寸前レンカは――確かに微笑んだ。血飛沫がケイの顔にかかりまるで瞳から赤い涙を流しているようだ。

「馬鹿だな……お前。どうして契約しなかった。契徒であるお前が、誰かと契約をすれば……勝ち目があったのかもしれないのに」

 絶命したレンカの瞼をケイは優しく閉じた。そこに見せたのは上司と部下の――関係だけではなかったなと氷室は確信したが、結局のところは関係ない。

「……お前、あの女が契徒であることに気づいていたのか?」

 氷室の言葉に、ケイは頷いた。

「レンカは隠していた。契術も使わないようにしていた。けどな、同じ騎士団に所属して、一緒に行動をしていたんだ――気がつかないわけがないだろ。レンカが騎士団にいた理由がずっとわからなかった。けど、レンカが国宝を奪って逃げた時に気付いたよ。それが目的だったんだってな。何故、まではわからないけど」
「そうか。まぁ別にあの女が何の目的で奪ったかは興味ない。俺の霊石を返せ。そして国宝――精霊石をよこせ」
「はっ誰がやるかよ。是は国のものだ。契徒に渡せるわけがない」

 殺意と殺意が交錯する。氷室が一歩踏み出そうとすると――ケイはそれよりも早く悪寒を感じた。
 騎士団特務隊長であるケイは絶対的な脅威を感じ取った。
 逃げるように後方へ下がった時、掌から精霊石と霊石が零れた――否、零れさせられた。
 空間が開くと同時に現れたのは、高貴な存在だった。誰しもがひれ伏しそうな程の圧倒的存在感を持つ人物。澄んだ水のような精霊の王様とはまた別のけれど同次元の存在だった。それは――

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