零の旋律 | ナノ

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 氷室とアーティオは南から東方面を、レストとシャル、アイは北から西方面を探すことにした。待ち合わせ時間は明朝のため、夜を挟むことになる。夜に待ち合わせだと探索時間が短いと判断したのだ。徹夜をする必要はないので、夜になれば寝ても構わない。
 ただ、探索時間を広げただけに過ぎない。待ち合わせ場所はシャルがとってある宿だ。
不測の事態が生じたら、精霊術などを駆使して連絡を取れるようにすること。精霊術で空に合図を送る信号を何種類か定める。そのやりとりを見て氷室は実に連絡手段が不便だなと腕を組んだ。

『全く、精霊術の発展に支えられた世界は不便だな』

 氷室は契徒の言語でアイに話しかけた。

『確かにな……』
『お前もヘッドホンなんて持ちこんで。別に此処の世界じゃ電池がなくなれば使えないだろう』
『別にいいだろう。是は俺のお気に入りなんだから』

 契徒の世界と、精霊が住まう世界リティーエは文化が違う。
 精霊術で遠くの人間とやりとりする手法は存在するが、高度な技術を有するため精霊術を扱えてはいても専門ではないアーティオやシャル、レストでは扱えなかった。だから、精霊術による合図を決めているのだ。
 そんな専門技術がなくても連絡を取る機械が氷室とアイの――契徒の世界には存在していた。だから、この様子を不便だと思うのだ。彼らの世界では例え数十キロ離れていようと連絡を取り合うことは簡単だった。
 合図が決まったところで、眺めているだけだった氷室とアイにアーティオが掻い摘んで説明をする。

「では、また後で」

 アーティオの言葉で、二手へ分かれた。


 氷室はアーティオと歩きながら、居心地の悪さを今さらながら覚えた。短時間程度であれば構わないが、長時間一緒にいるのは他の人間が一緒でないと居心地が悪かった。
 ベルジュのような殺意を宿らせているわけでもない。シャルのように何処か狂気をはらんでいるわけではない。この暗殺者は柔和な笑みを絶やすことはないが、それでいながら物事の確信を常についてくるのが、恐らく居心地の悪い原因だろう。アイは同じ契徒であるが故に、会話のしやすさはあったし、レストとは家族同然に一緒に暮らしてきたのだから当然一緒にいて居心地がいい。
 アーティオが苦手ならば無言でやり過ごせばいいのだが、無言で過ごすと言うのも落ち着かなかった。口を閉じるということがないシャルと行動する期間が長かったからか無言が気まずかった。相手が知れているレストであれば無言でも居心地の悪さを覚えることもないのにと内心で氷室は舌打ちする。

「そうえいば、噂ですけれど……」

 静寂を打ち破ったのはアーティオの方だった。此方は氷室と違い居心地の悪さを全く感じていないようだ。ただ、会話する用件があったから話しかけたに過ぎない。

「隣街に契徒の組織が滞在しているということを耳にしました。事実ですか?」
「それは初耳だな。契徒の組織ってことは恐らく『澪紗』が主導か……」
「レイシャ? ……私がいない間に起きた出来ごとに関して、認識の相違を出来るだけ省きたいので教えて頂けますか? もちろん、シャルたちに話した内容と同じもので構いませんよ」
「わかった」

 シャルに教えたことを、アーティオに隠して置く必要はない。仮に秘密にしていても、アーティオがシャルに聞けばそれで終わるのだ。

「成程、そのようなことが起きたのですね。それにしても千愛を狙う輩の登場ですか……少々面倒ですね」

 一通り話を終えると、アーティオは掌を顎に当てて思案し始めた。

「面倒? 何がだ。シャルが守るだろう」
「えぇ。シャルはアイを守るでしょうね。けれども、四六時中一緒というわけでもありませんし、不意打ちが成功する場合もあるでしょう。百%万全というわけではありません。万が一アイに何か起きた場合が面倒になる可能性があるのですよ」
「どういうことだ?」
「その場合、九分九厘ベルジュが動きますから」
「契徒を嫌っているのに、契徒のために動くのか?」
「貴方の疑問は御尤もですね。その答えを言えばノーです。契徒のためには動きませんよ。ただ、ベルジュはシャルのために動きます。最愛の弟が、兄にお願いをしたらそれで終わりですよ。俺としては結構面倒なのでどうにかしたいところなのですが……」
「お前、案外面倒事ばっか抱えているんだな」

 ベルジュとは絆を感じさせるアーティオだが行動の節々にはベルジュが動くことの面倒事を回避しようと水面下で画策しているようだ。


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