零の旋律 | ナノ

V


 怪我が癒えた所で、氷室は屋根を叩いた。

「くそっ!」

 近づいては遠のくの繰り返し。これではまるで終わらせられない引き延ばしにあっているような気分だった。
 レンカが去って行っただろう方角を人を射殺さんばかりの視線で凝視する。
 今すぐにでも追わなければならない。

「――霊石は、俺のものだ」
「貴方はつくづく運がないのですかね」

 氷室の独り言を、拾う人間がいた。はっとして声の方角へ視線を向けると真横に、水色髪に大人しそうな風貌の暗殺者アーティオが並んでいた。

「アーティオ!? 何故此処へ!?」
「一部始終を見ていたもので」

 あっさりと告げられた言葉に、氷室は色々な言葉が脳裏をよぎったが、最終的に全面へ出てきた言葉は、気配を全く感じなかったということだった。

「……あの男もお前の存在は気付いていたのか?」
「リストニアのことですね。多分、俺のことは気付いていないでしょう。そもそも彼は彼女に関してしか眼中にありませんでしたからね」
「……そうかよ。なんで、あの女は俺の霊石を」
「あの一部始終で貴方は答えを得ているのでは?」

 アーティオの言葉に氷室は眉を顰める。何のことか氷室はわからなかった。アーティオは恐らく答えを知っている。だが、それを問いただしたところでケイとは違う飄々さ加減で言葉を濁すのだろう。ならば、自力でたどり着くしかない。答えを得ているのではと問うてきている以上、自分であれば答えを得られるということだ。ケイとレンカの場面を氷室は思いだす。

「そうか――あの女は」
「えぇ。そういうことですよ。だったら恐らく目的は貴方と同じということでしょうね。俺は貴方の目的は知りませんけれど」

 けど、知らなくともそうであることはわかる、とアーティオは言い放つ。
 氷室は納得した。自分と目的が同一ではなくとも限りなく近い位置にいるのであれば霊石を奪い去って行ったことにも納得がいく。

「もしかして、あの女が奪った国宝は」

 導き出される結論は、一つだった。

「恐らくは」
「なら、俺はあの女を追わないわけにはいかないな」
「そうでしょうね。霊石に固執する貴方であれば彼女を野放しにするわけにはいきませんよね……あぁ、シャルたちが追いついたみたいですよ」

 下を見れば、地上にレスト、シャル、アイがこの場所を目指して走っているのがわかった。
 シャルやレストの身体能力であれば軽々屋根を飛び移れるだろうが、そうしないのは隣にアイがいるからだろう。


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