零の旋律 | ナノ

第五話:盗人


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 闘技場の外にシャルは出ると背伸びをした。

「ついに―手に入れた」

 氷室は歓喜に浸っていた。闘技場を優勝したシャルから手渡された霊石を手にする。ひんやりとした感覚は冷気を石が纏っているようだった。

「良かったな! 氷室!」
「あぁ。良かったよ」

 レストも氷室が喜ぶ顔が見られて嬉しかった。自分が氷室のために手に入れられたわけではないのが少しばかり悲しかったが、シャルには素直に感謝していた。
 契術が禁止された闘技場では本領を発揮出来ない。暗殺者であり武器の扱いに長けた――自分よりも強い相手にお願いする方が確実だ。その方が、氷室の願いが叶うなら構わなかった。

「シャル有難う」

 レストが満面の笑顔でお礼を言う。

「いいよいいよー。僕も久々にちょっと楽しかったし。いやはやチャンピオンってもっと雑魚いのかとおもっていたよー」

 シャルがあははっと笑う。余裕な態度は流石暗殺者シャルドネ=シャルアだ、とレストは実感する。
 氷室は霊石を太陽の光に当てて喜びに浸る。尤も手にしたい精霊石ではないが、霊石も目的の品だ。今まで目にする機会はあっても悉く別の誰かに邪魔をされて手に取ることは叶わなかった。それが、今手元になる。
 だが――喜びもつかぬまだった。
 烈風の如く氷室の霊石をかすめ取る手があった。喜びで油断していた氷室は突然の出来ごとに反応しきれなかった。手から念願の霊石が抜け零れる。

「あっ――」

 零れた霊石は風が持って逃げ去った。さる瞬間氷室はせめてもの正体を掴もうとする。見覚えがある――女だった。一瞬だったが、眼と眼があった。
 彼女は屋根の上を飛び移りながら軽々とその場から立ち去っていた。その時間、僅か数秒の出来ごと。
 氷室はわなわなと震える。
 紆余曲折を経てようやっと――ようやっと手に入った霊石を見す見す盗人に取られてしまったのだ。
 取り返さなければ、と決意する。

「あの女!! なんで俺の霊石を盗んだ!」
「今のは一体!?」
「ん……そう言えばあの女何処かで見たことが、誰だ?」

 見覚えはあるが、誰だかまでは記憶にない。シャルやアイに視線を向けたが、二人とも首を振った。
 シャルならば突然の出来ごとにも反応して奪い返すことも出来たのではないかと思ったが、それを言葉にすれば自らの失敗を他人になすりつけるようで気分が悪いので止めた。
 氷室は見覚えがあった女を懸命に思いだそうと思考する。ぼんやりと浮かんでくるのは制止。動いていない。身体に見覚えはない。あるのは顔だけ。それも正面から。

 ――実際にあったことはない?

 何処かで見せられただけ。何処かで見た――だけ。

 ――あぁ、そういうことか。

 氷室は回答に辿り着いた。

「誰だかわかった」
「え、誰だ?」
「――ケイの想い人だ」


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