零の旋律 | ナノ

V


 凶器の笑みを浮かべた少年に、彼は寒気を感じた。
 笑みは時折、戦闘狂いした者が見せる笑みと酷似していながらも、全くの別種を思わせる笑みだった。楽しいとどうでもいい感情が入り混じったような印象を、彼――チャンピオンは感じ取っていた。不気味だ、とチャンピオンは率直な感想を抱く。
 シャルが剣を舞うように振るう。俊敏な動作は、身体の動きに剣がついて来られていないような感覚をチャンピオンへ与える。一閃をチャンピオンは交わす。交わされたのは想定済みとばかりに、剣を振りまわしたその動作から、シャルは足を動かして屈んで交わしたチャンピオンの頭上を蹴りつける。

「がっ――」

 頭上への衝撃に、横へなぎ倒されそうになるが、踏ん張ったため、その場から数ミリ移動しただけで終わった。

「ありゃ」

 倒れると踏んでいたシャルは予想外のことに間の抜けた声を出した。シャルは痛みで動きが鈍い相手に対して深追いをせずに距離を取る。相手の出方を見ているのか、攻撃は仕掛けなかった。数秒後――チャンピオンが動く、その巨体に似つかわしくない俊敏さは、闘技場で連戦してきただけの強者であった。
 だが、彼が例え百勝をしていようが、笑みを浮かべやる気になったシャルには勝てなかった。
 風を斬るかの如く拳がシャルに迫る。シャルは軽々とそれを避けながら、剣を手放す。そして懐からクナイを取り出して一閃した。剣を扱っていた時よりも遥かに手慣れた動作で、且つ神速とも取れる速度で――チャンピンを斬りつけた。彼は血飛沫をシャルへまきちらしながら地面へ倒れる。

「久々に楽しめたよ」

 シャルは頬についた血を舌で舐める。血の付着したクナイを振って、血を地面へ飛ばしてから懐へ戻した。急所は外したから運が悪くない限りしなないだろう。
 動けないチャンピオンの姿に、熱気で包まれていた闘技場は静まりかえった。そして、水に石が投げられ波紋が広がるよう徐々に騒がしくなり、一気に盛り上がった。
 連勝のチャンピオンを、細身の少年が倒したのだ。予想外の出来ごとにしばし司会も我を忘れていた。

 勝利をしたシャルには闘技場側から賞品として霊石が贈られた。霊石を手にしたシャルは普段のヘラヘラした笑みを変わらず特別な感情を抱いている様子は見られなかったが、それはシャルを知る者からすればであり初めて笑みを見た者は喜びの笑みだと勘違いしたことだろう。
 氷室はようやっと手にすることが出来る霊石に興奮が隠せないようで、口元が弧を描いていた。
 それを純粋な喜びだと解釈したレストが良かったな、と声をかける。その関係をアイは複雑な表情で見ていた。


「まぁ――想定内ですよね」

 シャルにも見つからないよう一人観戦をしていたアーティオはそう呟いてから、やはり一目につかないようその場を後にした。


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