零の旋律 | ナノ

V


『だろうな。俺だって最初は予想外だった。だが、俺は自分に完全譲渡されたのよりもシャルの兄――ベルジュが完全譲渡された影の力を有している方が不可解だ』

 ベルジュ・シャルア、彼は契徒から力を完全譲渡されたものだ。契徒は他人に完全譲渡などしない――死ぬ間際だって。自身の証を他者へ譲渡しない。
 なのに、同じ契徒ですらないただの――侵略先の世界の人間に、ベルジュの契徒は力を完全譲渡したのだ。契徒同士のよりも尚も理解不能だ。

『それはベルジュに聞かないとわからないだろ。俺にだって理解出来ないんだ』
『そうだろうな……。なぁ千愛一つ』
『なんだ?』
『……お前は、害をなす予定はあるのか? 契徒という組織に』
『害か、正直にいえばわからない。確かに俺の力は契徒にとって――望ましくない力であることは事実だ。けれど、だからといって、俺一人でどうにかなるわけでもないだろう』
『それもそうだな』

 千愛の力は契徒にとって不利なもの。だからこそ、彼らは千愛を捉えようとしている。それに抗うため、千愛は契徒を利用して、リティーエにやってきて契約を結んだ。
大切な友人の好意と犠牲によって成り立ったのが現在の生活だ。

『とはいえ、澪紗に見つかった以上、何もなく過ごせるとは思っていない。あいつは俺を邪魔ものとして殺すだろうし、偶々今回はあいつの機嫌が良かったから見逃してくれただけだ、次があるとは思えない。ならば、俺は逃げ続けるわけにはいかないのもまた事実だろうな……』
『とはいえ、生きている限りお前は命を狙われ続けるだろう。契徒の――いや、俺たちの力『零術』を無効にしてしまう、『無』の能力なんて、好く人間がいたとしたら、それは――お前の力を利用しようとするものだけだ』

 氷室のことに千愛は黙る。氷室のことは間違いではない。
 千愛の力は、契術――否、契術という名称は、リティーエの民と契約を用いる際に便利な名称として用いられるようになっただけで、本来の名称は零から生み出す術という意味から生まれた『零術』という名称である――において、その力を無効してしまう、異質な力だった。
 故に、千愛はその存在を狙われて続けていた。自らの固有の力を誇りに思う彼らが、その力を無効化することを喜ぶはずがないのだから。
 ただ――

『そうだな。けど、それでも俺にだって親友と呼べる人間はいたんだ、全てが全て俺の力を利用するか邪魔に思うかの二択だなんて思いたくはないよ』
『……俺はお前の味方じゃないから忠告しておいてやる。けれどな、千愛。邪魔か利用されるか、その二択だけだって思っておけ。そうじゃなけりゃ、お前の隙をつかれるだけだ。お前は弱いんだからな。お前自身に特別な力はない、異質な力があるだけだ。せいぜい、シャルドネ=シャルアにその身を守ってもらうことだな』


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