零の旋律 | ナノ

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「有難う。氷室から話をしてくれて嬉しいよ」

 真っ直ぐな言葉に、千愛は思わず氷室の嘘を暴いてやろうかとさえ思う。それが出来ないのは千愛が自分の身が大事だからだ。全く持って自分勝手だ、と内心自嘲する。
 レストは氷室から事実が聞けたことが嬉しかったのだろう、疑念を抱かずに氷室の怪我を心配する。

「そうだ! レストが怪我しているんだしさ、氷室とアイちゃん何か買ってきてよー」

 状況を全く理解していないような能天気な声と共に、氷室へ財布が渡された。ずっしりと詰まった重みがあるカエルの財布だ。

「安い食べ物じゃ許さないから! 宜しくね」

 有無を言わず氷室とアイは部屋から追い出される。

「……シャルの奴、わざとだな」
『馬鹿じゃないからな、あいつ。しかし俺とお前が一緒に行動することを容認するとはな』

 アイがリティーエの言語で話しかけたのに対して、氷室は契徒たちの世界の言語で返答する。
 廊下を歩きながら宿を出る。街の喧騒は先ほどの“事件”が何事だったのか噂する会話もちらほら聞こえてくる。

『確信でもあったんじゃねぇのか。お前は俺を殺さないって――少なくとも今は』
『まぁそうか。お前がレストに真実さえ教えない限りはもう、俺はお前を殺すつもりはないんだからな。最初とは違って――状況が変わった』
『澪紗か。まぁ俺としても同感だな。少なくともある程度の情報共有はしたい』

 傍から見れば謎の会話をしている怪しい二人だが、万が一会話を盗みとられるよりかは良かった。仮に契徒が紛れていた時はその時、だ。どちらの言語もわかる契徒の前では言葉を隠すことは出来ない。

『氷室。お前は――“契徒”なのか』

 確信をつく問いに、氷室は千愛と出会った当初であれば殺していただろう。千愛は氷室にとっても都合がいい存在ではない。だが、状況は変わった。

『いいや、違う』

 だから、氷室は千愛にだけは答える。

『ならば氷室。お前は何者だ』
『お前と同様に契徒の裏切り者だな。俺にとって契徒という組織は利用するものでしかない。俺には大切な人がいた。その大切な人を助けられなかった原因が契徒の組織にある。ならば、俺が組織にくみする理由はない』
『……成程。お前が氷と重力か? その二つの契術が扱えるのは、氷の契術がお前の大切な人の力を完全譲渡されたものだな』

 完全譲渡、それは契約とは違い、己の力を相手へ全て譲渡するものだ。譲渡してしまえば、その本人は二度とその力を扱えなくなる。そして渡された相手は死ぬまでその力を扱うことが出来る。
 ベルジュが影の契術を扱えるのは、契徒から力を完全譲渡されたからに他ならない。
 そして、氷室が氷と重力二つの契術を持つのも、完全譲渡されたからだ。

『あぁそうだ。氷の力は完全譲渡によるものだ』
『珍しいな』

 珍しい、それが千愛の正直な感想だった。精霊術を扱えるリティーエの民とは違い、契術は一度手放せば完全譲渡でもされない限り二度と戻ってこない一代限りの力である。それゆえ、契術を何よりも大切にする。他人に譲るなんて言語道断、そんな風潮だ。
 だから、余程のことでもない限り、死ぬ間際だって完全譲渡はしない。それが自身の証でもあるから。


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