V シャルとアイは氷室とレストの前に立った時、レイシャの姿が真正面から見える形となる。アイはレイシャの姿を見て硬直した。逃げ出したいのに、身体が動かなかった。 「ん? 『千愛』じゃないの」 「な、何故此処にあんたが!」 「契徒だもの、此処に至って不思議ではないでしょ」 アイは顔を引き攣らせる。『契徒』でありながら、『契徒』から逃げているアイにとってこの状況は好ましくはなかった。レイシャだけではない、まるで護衛の如く並ぶ契徒たちもこの場にはいるのだ。シャルに連れられてのこのこと現れてしまった自分を呪いたくなる。 アイが契徒と名乗っているのは、便利だからだ。何よりも同じ世界の人間だから契徒だと名乗っているに過ぎない。本当の意味での契徒からすればアイは裏切り者であり捉える対象でしかない。 「へぇ、千愛が此処にいるとは予想外ね。しかもレストと一緒にいたなんて」 レイシャの攻撃対象がアイへ移る。無数の風がアイに襲いかかるが、その間に入ったのはシャルだった。 「万物の壁よ、汝を危険から守りたまえ」 精霊術を素早く詠唱し、防御壁を生み出して風からアイ――千愛を守った。 両手にはクナイを握り、何時でも攻撃出来る体制だ。 「ねぇ、僕には状況がよく読みこめないんだけど――どういうこと?」 鋭い視線には紛れもなく殺気が含まれていた。それはアイを攻撃されたことに対する殺意だ。 少年の風貌をした人物が発するには似つかわしくない殺気に、レイシャは怯まないまでも驚いた。 「貴方は何者?」 「僕? 僕はシャルだよ。君たち一体何なの? アイちゃんには攻撃するし、レストと氷室はボロボロだし――あぁ、氷室は服だけか。あ、契徒同士の仲間割れとか?」 「……仲間割れじゃねぇよ。元々仲間じゃないんだから」 レイシャへ質問したはずが、氷室が答える。質問して置きながら興味なさそうにそーなんだ、とだけシャルは呟いた。 「まぁ別にどーでもいいよ、アイちゃんを攻撃するような輩を僕が見逃すつもりはないんだしね。燃え宿れ。汝が武器に」 詠唱した精霊術の効果により、シャルのクナイには炎が纏う。真っ赤に燃え盛る紅蓮の炎。 殺すことを何とも思わない炎だ。 「……私とやり会おうっていうのね」 「当たり前でしょ。君はアイちゃんの敵だ。敵は殺すだけでしょ」 シャルが地をかける。レイシャは風の連撃でシャルを殺そうとするが、僅かな風の変動から見えないはずの風の位置を的確に読み取りシャルは軽々と交わして距離を詰める。 あの時――氷室がベルジュを殺そうとした時と同じだ、と氷室は思う。 氷室はシャルに背を向けてレストの怪我を直そうと“契約した術”でレストの傷を癒していく。その様をアイは驚愕しながら見ていた。 「おい、氷室それは……」 「殺されたくなければ、黙っていろ。お前とシャルの契約割合だったら、お前の治癒能力は低いんだからな。契約者であったって攻撃されれば死ぬぞ」 「……わかった」 氷室の掌から癒しの力が流れるそれの異質にアイは気がついてしまった。 レストを癒している治癒術は契術であって契術ではない。かといって精霊術でもないのだ。 不可解な契約によって成り立っている術だ。 [*前] | [次#] |