零の旋律 | ナノ

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 氷室が眼前に“彼女”がいるのも忘れて一心不乱にレストの傷を見る。無数に切り刻まれた傷跡から血が流れているが、悉く急所を外していた。態と外したのは一目瞭然だ。

「レイシャ……何で?」

 レストの縋るような瞳と攻撃してきたことを否定したい声色で問う。
 木々の衝撃音によって、何事かと周囲に人が集まりだした――否、違う。それは野次馬でも心配して駆け付けた誰かでもない。その場に現れたのはレイシャにつき従うような形で集合したのだ。
 その服装は氷室やアイが来ている格好に酷く酷似している。
 何故これほどまでに契徒が此処へ集まる、そんな思考が出来る程状況をレストは認識していない。

「貴方は私に檻を壊してもいいといってくれた。だから私はそうことにしただけよ」

 レイシャは淡々と告げるがその言葉の中には確かにレストに対する感謝の念が込められていた。

「まぁ、まさか貴方が探している“氷室”が本当に“氷室”だったことには驚きだったけどレスト。……私は貴方達リティーエの民がいう『契徒』と同類よ――同じ『契徒』なのよ」

 レイシャが告げると同時に風がレイシャを中心軸として舞った。長い髪が幻想的に舞う。ひらりとした服が風と共にはためく。酷く美しいのに、酷く残酷的にしか映らない。
 詠唱を必要とせずに現象を起こせる術は契術しかない。

「レイシャ……君は」
「私は『契徒』レスト、私は私の檻を壊すことにしたわ。まさかこんな所で貴方と再会することになったのは予想外だったけど、でも――うん、丁度良かったのかもしれないわね。貴方がそこの氷室と契約をしている限り、私と貴方は敵同士になる運命だしね」
「……れい……しゃ」
「今回は殺さないで上げる。私に檻を壊せばいいといってくれた貴方へのお礼よ」
「ふざけるな!」

 激怒はレストではない。氷室だ。氷室はレイシャを知っている。ならばこの契徒の目的もまた知っている。何せ氷室は契徒なのだから。

「ふざけてはいないわ、それに貴方のような人に何かを言われる筋合いはないわけだし」

 氷室はレストの顔をちらりと見る。苦痛に顔をゆがめている。
 何よりも知り合ったレストからすれば友達から攻撃を受けたのだ、外傷以上に内面が傷ついている。
 氷室は掌から暗黒の渦を生み出す。それは氷の能力ではない、レストに対してずっと秘密にしてきた力だ
 この際、レストに露見しても構わない。やるべきことはただ一つ、レイシャを殺すこと。氷室はレストを木を背もたれにし体制を安定させてから、立ち上がる。その時、呑気な声が聞こえてきた。

「何をしているの?」

 どうしてこいつは都合のいい時にいつも現れるのだ、タイミングが良すぎると氷室は笑うしかない。その存在はこの場で有難かった。
 暗殺者――シャルドネ=シャルが人だかりをかきわけて姿を現したのだ。


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