零の旋律 | ナノ

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 氷室の力が大地を沈める。しかし暗殺者の反応は早い。僅かに感じる空気の変動を的確に読み取り、変動のない範囲まで避ける。一向に当たる気配はない。
 いくら氷室が契徒とは言え、純粋な戦闘能力だけでいうならば彼らの方が上だろう。
 服が無数に傷を作る。傷は一瞬で治癒するとは言え、痛いものは痛い。治癒はするが痛覚が遮断されているわけではない。

「何故だ! ベルジュ=シャルア、お前は何故本当のことを知っていて、それに興味がない!」

 氷室は思わずベルジュへ問いただす。
 彼は契徒が異世界の“来訪者”ではないことを知っている。契徒は世界リティーエを危機にさらす侵略者だ。侵略者と知ってなお彼は誰にも何も話さなかっただけではなく、事態を認識している精霊の王へ殺意を抱いている。それは異質で異常だ。

「それが俺にとってどうでもいいことだからだ、それ以外に何がある?」

 歪だ、歪んでいる。狂っている。氷室はベルジュの笑みからそう思うしかなかった。だが、暗殺者が真っ当だなんて氷室は鼻から思っていない。氷室はベルジュ=シャルアに出会う前に、シャルドネ=シャルアという存在に出会っているのだ。

「そうかよっ!」

 氷室の力が炸裂する。だが、ベルジュに攻撃が掠めることはない。シャルの鮮やかな焔を纏ったクナイが飛来してくる。氷室はそれを沈める。ベルジュの大鎌が迫ってくる。氷室はそれに対処しようと手をかざすと、途端そのタイミングを見計らっていたかのように死角から縄が氷室の身体に巻き付いた。巻きつかれてしまっては氷室の“力”ではどうすることも出来なかった。
 大鎌が氷室を切り裂く。苦痛が訪れると同時に怪我が再生する。縄に縛られた氷室は万策尽きた、とばかりに肩をすくめ、降参する。

「俺を殺すことを諦めるなら、返してやってもいいがどうする?」

 選択も交渉の余地もない言葉だった。

「……わかった」
「もし、それを破った時は容赦なく殺させてもらう。例え肉体が生きていたところで精神が死んでいては、それは“生きている”とは到底言えないだろうからな」

 残酷な言葉を平然と述べるベルジュに、氷室は寒気がする。
 是が、暗殺者として有名なベルジュ=シャルアの実力なのだ。一対一で勝てるかも危うい相手に三対一では勝てる望みもない。

「あぁ」
「さて、戻るか。アイやレストが気付くわけないだろうが、何かの拍子で気がつかれたら面倒だ」
「……同感」

 アイは勘ぐった所で何も言わず胸の内にしまっておくだろうが、レストは違う。
 表情に出し、言葉に出すだろう。

「ってか、この服で既にばれる予感がするけどな……」

 生身の体についた傷に関しては一瞬で完治するが、服に関してはそうはいかない。精霊の王によって傷つけられた時に服も一緒に破けた、それに関しては新しい服を纏うことで何とかしていたが、その服も今は見るも無残な姿と化している。

「包帯を取りかえるついでに着替えたって言えばいいだろう」
「そうだな」
「その辺の店たたき起して買うか」
「……わかった」

 その後、横暴ともいえる振舞いのベルジュを傍目に氷室は新しい服に着替えた。
 勿論、リティーエの世界に売っている服は彼らの文化の服であり、氷室やアイが纏う衣装とは違う。氷室は成るべく契徒が来ている衣装と似たような格好に“なれる”服を物色した。


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