零の旋律 | ナノ

V


 突如、縄が宙を舞った。一つの縄が複雑に絡み合うように、蠢く。ベルジュは瞬間的に後退した。
 氷室は縄が攻撃であることは一目で見抜いたが、攻撃であれば沈めればいいだけだと対して焦っていなかった。
 縄が結ぶ――その瞬間恐ろしい程の風が駆け抜ける。

「なっ……!」

 氷室は咄嗟に力を使うが、それが発動する速度よりも風の速度が上回り、全ての風から身を守ることは出来ずに腕に無数の傷を作り出した。破れた服は治らないが、氷の能力を殆どレストに譲渡しているため傷は一瞬で治癒した。更地であったが故に風が吹き荒れただけで澄んだが、此処が民家であれば、半径数十メートル以内の建物であれば全て吹き飛んでも不思議ではない威力だ。此処が森であれば一気に視界が開けたことだろう。
 末恐ろしい威力を放った人物は――果たして姿を現した。
 おっとりとした優しい雰囲気を醸しながら、現れたのはアーティオだ。一体いつからそこにいた、という疑問が解決するよりも早く危険な影が迫っていた。回避はおせじにも成功したとは言えなかったが、一秒にも満たない時間で傷は完治する。しかし安心はできない。何故なら怪我が治癒した瞬間、焔を纏ったクナイが四本氷室を襲ったのだ。服が焼け焦げる。

「氷室―なんで兄さんに攻撃しているの?」

 へらりと笑いながら、その笑いが異質だということに気がつかない少年シャルも現れて、いよいよ氷室は不利な立場であることを固めてしまった。
 暗殺者ベルジュを殺そうとしているだけで精一杯なのに、そこに暗殺者のアーティオとシャルが加わったのだ。だが、それでも氷室は負ける気がしなかった。
 相手は精霊の王ではない。相手はただの“人間”だ。ただの人間に半不死の能力を有する氷室に勝つ術はないと。

「そりゃ――不都合だからだ」
「あはっ、ほんと氷室って面白いよねー。レストがいないと色々と悪だくみしているんだから」
「そりゃ、レストにばれないようにやっているからな」
「レストには秘密って?」
「そういうことだ。シャル――俺はあの時と状況は違う。契徒である俺にお前らリティーエの民が俺を殺せると思っているのか?」

 自信満々に告げたが、ベルジュがそれを鼻で笑う。

「安心しろ、お前が死にたくなるように仕向けてやるから」

 残酷な宣言を平然と放つベルジュに、氷室はしまったと眉を顰める。忘れていたわけではない、知識がないわけでもない。だが、暗殺者である彼らに及ぶべくもないのだ。
 実感してしまった。彼らは人を殺さずに心を殺すことが出来る存在だと。
 それでも――氷室はベルジュを殺したかった。不都合を知る存在を。出来ればレストに知られないうちに。
 レストは何も知らなくていいと思っている。契徒の真意も、精霊石を求める真の意味も何も知らせる必要がないと思っている。
 それを人は過保護だと呼ぶだろう、それで構わなかった。
 知らなくていいことを何故知らせる必要がある。氷室は態々知らなくていいことまでを知らせる人間の心理が理解できない。知らない方が幸せなことはこの世に五万とある。
 だからレストには何も告げない。


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