零の旋律 | ナノ

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「……契徒にとって『異世界の侵略』は秘密事項だ。何故お前がそれを知っている」
「俺の契徒が教えてくれた、それだけだ」
「“契徒”である限りそれは裏切り行為だ」
「詳しくは興味ねぇからしらねぇよ。ただ、俺の契徒にとっては“どうでもよかったんだろ”」
「……そうか」

 氷室の視線が鋭くなったのに対してベルジュは口元に笑みを浮かべた。氷室が自分をどうしたいのか最初から承知の上で誘いに応じた。だから、その通りの展開になっても焦る気持ちは塵ひとつもない。
 氷室が手を頭上へ掲げる。途端全てを飲み込むような暗き弾が出現すると同時にそれをベルジュの方へ向けて投げ放つ。“それ”が迫ってくる。ベルジュは臆病ともとれるほどそれから後退する。“それ”が重く沈没し弾けるとベルジュから数センチ離れた所から約四メートル範囲で地面が陥没した。圧迫され陥没したような跡は、そこに人間がいたら一溜まりもないだろう。

「で、お前は何者だ? “普通の契徒”じゃないんだろ。何故二つ物能力を持っている。レストの能力は氷だとシャルから聞いたが、今のはどうみたって氷ではないな。けど、どちらが偽物ということはない――両方本物だ。つまり氷かそれは『完全譲渡』されているんだろ?」

 ベルジュの不敵な問いに氷室は舌うちする。この暗殺者は一体どこまで契徒の秘密を知っているのか。

「……ご名答だ、だが答えてやる義理はない」
「答えてもらなくても推測は立つ。本来の能力を他人に譲渡するとは思えないしな、その“何か”がお前の能力であり、氷は完全譲渡された二つ目の契術だな」
「……ちっ。そういうお前だって影の契術は完全譲渡によって成り立っているんだろ?」
「俺の影は完全譲渡さ。俺の契徒から譲り受けたものだ」

 闇夜に紛れた影が形を形成し氷室を絡め取ろうと襲いかかる。しかし、氷室を絡める直前、影は見えない何かに押しつぶされたように地面にへばりついて全く動けない。
 氷室の契術は影にだけ向いているわけではない。見えない――圧迫感だけが襲う攻撃が息をつく暇もなく襲いかかってくるがベルジュは紙一重で交わし続ける。
 影が襲い不可視の防御に遮られ、不可視の攻撃は卓越した体術で避けられる。

「面倒な能力だなぁ……。まぁ、でも」

 ベルジュの姿が薄れる。精霊術ではない、ただの残像だ。
 氷室は連続で攻撃を続けるがベルジュには一切当たらない。ぞくりと背筋が凍る。殆ど直感のまま氷室は空中へ退避すると、跳躍したベルジュが氷室のいた空間を切り裂いていた。
 一瞬でも直感に従わなければ既にこの世に氷室はいなかった――否、契約を結んでいるが故死ぬことはないだろう。それでも冷や汗が伝う。
 自分と同じ舞台に立つため跳躍したベルジュは今空中にいる。空中ではいくらベルジュでも身動きが出来ないだろうと、ベルジュへ攻撃を仕掛けるが、それがベルジュを押しつぶすよりも先に、影が安全な場所を掴みその影に先導される形でベルジュは移動した。

「お前の能力大体わかってきたぞ。闇の奈落より生まれし使者よ、飲み込め」

 さらりと奏でられた詠唱は氷室の頭上に浮かび、闇の渦から触手が伸びて氷室にまとわりつかんとする。氷室は手を頭上に上げる。途端、今まで浮かんでいた闇の渦が遥か彼方へ移動させられた。触手も闇の渦と同化した。

「ちっ厄介な……!」

 氷室は舌うちをする。暗殺者一家シャルア家で霊石を手に入れようとした時、氷室はベルジュと戦うことを避けた。だが、今回は別だ。心境の変化ではない。重要度を天ピンにかけた結果、生かしておくべきではないと判断したのだ。
 氷室にとってベルジュ=シャルアは不都合となる存在だ。不都合な存在を消すことに氷室は悲しみや苦渋を感じることはない。冷酷に始末出来る。
 ベルジュ=シャルアに限らず数度会話を交わした相手だろうが、何度も会話を交わした相手だろうが、不都合と判断すれば感情を伴わずに始末出来る。それが氷室だ。
 氷室の猛攻に、しかしベルジュの表情が焦ることはなかった。汗一つかいていないのは暗殺者としての実力のたまものか。


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