零の旋律 | ナノ

第十話:契徒の目的


 深夜、氷室は殆ど癒えた傷を確認してから上着を羽織、外に出る。静かな夜は眠気を誘う。
 氷室は宙を浮いて移動する。街の郊外とは言え、空中に立つ氷室の姿を見知らぬ人が目撃したら大騒ぎになっただろうが、氷室にとって好都合なことに街の郊外は更地のようなもので、家は一軒も立っていないし、木々が邪魔をすることもなかった。視界はいたって良好だ。

「誘いに応じてくれたんだな」

 闇夜の視界に瞳が慣れた頃合い、氷室の元へゆったりとした足取りで現れた漆黒の人物へ上から声をかける。漆黒の人物の赤き瞳は闇の中でも光が衰えることはない。闇を受けてより一層爛々としているようだった。

「話って何だ?」

 漆黒の人物は怱々に呼びだした理由を問う。言葉で呼びだされたわけではない。ただ氷室の視線が彼に話があると告げていた、だから彼は此処へ来たのだ。

「お前、本当は何処まで契徒について知っている」

 氷室は漆黒の人物――ベルジュへ問う。

「……何故そう思う?」
「思わない方が馬鹿だろ。お前は意図的に情報を隠しながら話していた。契徒が何故、精霊の王にとって“不都合”であるのか、とかな。ただ契徒がこの世界にいるだけで本当に精霊の王は俺たちを抹殺しようとするとでも思っているのか?」
「それはお前自身がよくわかっているはずだが? なぁ、『異世界の侵略者』どもよ」

『異世界の侵略者』それはある決断をするのには決定的な一言だった。
 リティーエは精霊と人が共存している世界だ。共存しているが故に、精霊と人間どちらかが欠けてはいけない。
 人間が扱う精霊術とは人間の持つ『マナ』を精霊に与え、精霊の力を行使するための詠唱が必要不可欠だ。それらが成り立って初めて人間は精霊術を扱うことが出来る。
 しかし、契術には精霊術のように詠唱を必要としない。日常生活では、双方に差は出ないだろう。だが、命のやりとりをする場面では別だ。詠唱を必要とする精霊術と、不要な契術。どちらが有利となるか明明白白だ。
 何より、契術の中には精霊術では扱えない術も存在する。そう言った利点があるからこそ――そして死後の魂の行方よりも現在を選んだ人間は契徒と契約を結ぶのだ。
 だが人は考えてもいない。契徒と契約を結んだ数が増えた時に起こる悲劇を。
 人と精霊は共存関係にあるが故に、人が精霊を求めるように、また精霊も人も求めるのだ。
 人が精霊を求めなければ、精霊は人を求められなくなる。
 その結果起こることは――自然の消滅、最悪は世界の滅亡にすら繋がるだろう。
 人はその事実に未だ気が付いていない。
 事実を事実として認識し危機感を抱いているのは精霊だけだ。
 だから精霊の王は事態が悪化するのを未然に防ぐため契徒を殺している。



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