零の旋律 | ナノ

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「そうだ。あれはこの世界リティーエを守護し、慈しみ、育む存在だ。精霊の王であれば、人の世に――人の姿を取って具現するのは容易いことだ。そして、精霊の王であるがゆえに、精霊術は全て王の支配下だ。王様に牙をむく精霊は何処にもいない。そして、精霊であるがゆえに、詠唱という人と精霊を結び付ける言霊も不必要なんだ」
「……なんてーか凄いのと遭遇出来たんだね。レア中のレアじゃん。ってかだったらなんで精霊の王様は契徒を殺すの?」

 シャルの尤もな言葉に、ベルジュの視線は氷室とアイを一瞥する。

「契徒が、精霊――いや、世界リティーエにとって害をなす存在だからだ。そして契徒を殺せるのは、精霊の王という超人的存在だからだよ」
「……ベルジュ=シャルア。随分と詳しいなお前は一体何者だ? そもそもお前からは契術の匂いがする」

 治療の効果で痛みが引いてきた氷室はアオの制止を無理矢理振りきり身体を起こす。

「匂い、か。同胞の匂いには敏感なんだな……俺は元契約者だ。納得したか?」
「は!?」
「兄さんが!?」

 ベルジュの元契約者という言葉に、何より驚いたのは弟であるシャルと、ベルジュの相棒であるアーティオだ。ベルジュが契約者だったことを二人は知らなかった。

「シャルやアオには内緒にしていたことだ。アオに至っては俺と出会う前の出来事だしな。……俺が普段扱う“影”は契術だ」
「しかし、ならば契徒は?」
「元と言っただろう。もう俺が契約した契徒は存在しない――精霊の王様が殺してしまったからな」
「なっ――」
「成程な、それでお前は精霊の王の存在を知っていたのか」

 驚くアーティオやシャルとは対照的に氷室とアイには合点がいった。アイもベルジュから発せられる契術の匂いを感じ取っていた。しかし、アイが直接ベルジュに確かめることは出来なかった。だから、シャルにも言わず黙っていた。

「そういうことだ。といっても――俺がその存在を追っていたから知っていたにすぎないがな。俺は、契徒が息をひきとる寸前に契徒の元へかけつけ、そして殺そうとした存在は後ろ姿しか見ていなかったからな。だから調べていた。そうしたらなんと、契徒を殺すために、殺してこの世界の秩序を保つために具現した精霊の王様ってわけさ」
「待って! どういうことだ。何故契徒を殺す必要があるんだ」

 レストの悲鳴にも似た叫びだった。氷室は何も答えない。ベルジュはため息をつきながら続けた。シャルとアイの関係も歪だが、レストと氷室の関係も随分と歪だと内心思う。
 だからといって知らなかったことに関してベルジュは何も思わない。
 何故ならば、契徒はそもそも自分たちの目的を話さない存在なのだ。

「契徒が――この世界の人ではないからだ。異世界からの来訪者、それを精霊の王様が好むはずがない」
「え……」

 信じられないとレストの瞳は氷室ではなくベルジュへ向けられる。その関係が歪だ、と内心ベルジュは思う。
 シャルに至っては最初から勘付いていたのだろうが、何もアイには言わなかったのだろう、シャルが驚かないことにアイが驚いていた。
 尤も人のことが言えないほど、ベルジュ自身、自分と契徒の関係も歪だったと自覚がある。


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