W 「市民が支配者様に協力するのは当たり前のことだが、協力感謝する」 「此方こそ、安全を守って下さって何時も有難うございます」 心にも思っていないことを、次から次へと平然とレイシャは口にする。この街で生き伸びるための――支配者に目をつけられないための鉄則だ。 レストはそのまま一言も発せずに連行された。 レイシャは周辺から人影が消えたのを、カーテンを閉め切った窓から少しのぞき確認した後、二階へ向かう。 「アエリエ、もういいわよ」 「レストさんは……」 「知らない。けど、何か策があるみたいだったから大丈夫でしょう。私たちが気にすることじゃないわ、最も――貴方も無事で済むとは思わないけど」 「ですよね」 「まあ、契約者に喧嘩を売るような馬鹿な真似はしないでしょ、彼が馬鹿なら別だけど」 目下捜索していたのはレストだけだったが、そもそもアエリエが支配者の目についてしまったのが原因だ。アエリエにも何れ何かしらのことが起こるだろう。 「今、行けば何とかなると思いますか?」 恐怖に縛られレストとレイシャの言葉に従い逃げた。しかし、何時までも逃げ続けられるわけではない。レストに対して恩をあだで返す。それもまた――辛い。 「何ともならないでしょ。それに貴方一人が言ったところで何も変わらない。鴨がネギをしょって現れる程度のこと」 「……」 「はぁ、そんなに気になるなら行ってみる? どうせあの支配者のことなんだから公開処刑とか言って見せしめに殺そうとするでしょうから」 「はい」 「なら、行きましょう」 レイシャはクローゼットの中を開け、人目につかない且つ、不審に見られない程度のフードがあるローブを取り出し、それをアエリエに向けて投げる。アエリエはそれをできるだけ深く被る。 レイシャは人目につかない裏路地をアエリエとともに小走りに走っていく。フードを深くかぶっているアエリエとは対照的にレイシャは普段の恰好と何一つ変わっていない。レイシャは何もしていないからだ。 案の定、レストが捕まってすぐ後に公開処刑を行うとの発表がなされた。 「まあ予想通りの対処法よね」 「……」 「見せしめに殺せば、他の誰かが反乱をおこす気力を奪う効果にもなるしね」 顔色を悪くするアエリエとは違い、レイシャは眉ひとつ動かさない。 レイシャにとっては例えレストが何の逃走術を心得ていなくても構わなかった。 ――どうせ、檻は壊せはしない。なら檻の中で生き続けるだけ 出会ったばかりの他人が殺されて心を痛めるほど、レイシャは他人に対して感情的ではなかった。淡々と目の前の現実を檻の中の出来事だと容認するだけ。檻の中で生き続けるだけ。諦めにも近い感情が明確にある。 「その場所に行きましょうか」 「ええ……どうして、どうしてレイシャさんは冷静でいられるのですか?」 「……どうせ、無理だからよ」 「無理ですか?」 「そうよ。所詮囲われた檻を壊すことなんて出来ない。だったら最初から檻の中で過ごせばいいじゃない」 現状を打破する必要もない。現状を打破しようとあがいた所で結果は変わらない。ならば最初からそんな希望を持つ真似をする必要はない。現状は変わらないと諦めて受け入れてしまえばいい。 「でも、絶望しかない檻より希望が僅かにある檻の方が私は生きているって感じがしますよ」 「じゃあ、私は既に死人なのかもね」 「そ、そんなつもりでいったわけでは」 「わかっているわ(でも、生きているって感じがしないのは事実)」 [*前] | [次#] |