零の旋律 | ナノ

V


「シャル、彼らの元へ行きなさい。此処は俺たちに任せて」
「わかった。どっかの宿にでもいるよ」

 シャルはレストたちが言った方向に走り出す。戦闘の足手まといになるからではない。シャルの腕前では足手まといになることはない。それでも、レストたちと合流する道を選んだのは単純だ。そうした方が、氷室達を逃がしやすいと判断したからだ。

「……その影は、契術」

 “それ”は一見すると精霊術に似た“影で造られた”大鎌を忌々しそうに睨む。

「たくっ探したぜ、赤いゴージャスなの」
「私の名前はユーティスだ。そのような呼び名は止めて頂こう」

 何故赤いゴージャスと呼ばれるのか“それ”――ユーティスには理解できなかった。
 しかし、“赤いゴージャス”は的を射ていると、その存在と初めて対面したアーティオは思う。
 赤の衣装に身を包み、赤い帽子に羽根飾り、白のボアを羽織った姿。毛先に行くほど白くなっていく髪は輝くばかりに美しく艶やかな光沢を放っている。陶磁のような白い肌はこの世と隔離されたような儚さに意思のある宝石のような赤き瞳が、この世にその存在はあると伝えているようだ。手に握られた羽根をモチーフにされた杖もまた、その存在を際立たせるアンティークのよう。幻想的で夢現のような存在。

「ユーティスね。しかし、俺としては赤いゴージャスなので充分なんだけどな。……まぁいい、俺としては死んでもらいたい」

 大鎌を振りまわし、刃をユーティスへ見据える。アーティオもそれにならって縄を構える。ユーティスと名乗る存在が何者かアーティオは知らないが、それでもベルジュが刃を向けた、それだけでアーティオが刃を向けるにたる理由になる。それに――ベルジュは間違いなく私怨で動いていた。ベルジュが“弟”に関すること以外の私怨で動くことは珍しい。一体“それ”が何者か興味が湧かないわけではない。

「その力は完全譲渡……」

 ベルジュの周りに影が蠢く。影が触手のようになり、ユーティスへ死をいざなおうとする。しかしユーティスの前に貼られた結界は何者とて通すことはない。
 結界は六角形に透明な結晶のような存在。影がそれを攻撃するたびに花弁のような文様が浮かび上がる。
 縄が結界を包み込むように空に放たれる。
 ユーティスは風の一閃を放つが、それをアーティオは軽々と交わす。
 数度刃を交える必要もなかった。ユーティスの決断は早い。

「……今はまだ」

 何かを呟いたかと思うと、光の粒子のようにユーティスは消え去った。

「っち! 逃げられたかった。やっと……見つけたと言うのにな」

 大鎌を数度振り回したが、そこにユーティスがいた気配は存在しない。気配を手繰ってみても、誰もいない。ユーティスが存在したことが夢幻のように思えてならないほど存在した痕跡がなかった。
 現実感を伴わない相手、“それ”は何者か。


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