零の旋律 | ナノ

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「焔の龍蛇、そこにありし刃に纏え」

 シャルが精霊術を詠唱すると、クナイに炎が蛇のごとく纏った。しかし、“それ”がクナイを一瞥すると、途端精霊術が存在しなかったのように消えた。

「ちょっ、どーゆこと!? ってか君が巷で噂の契徒狩りだよね? 何者。そもそも何
で詠唱もせずに精霊術を扱えるのさ!」

 “それ”は精霊術を明らかに扱っていた。だが、そこに詠唱は存在しない。
 契術であれば詠唱は不必要だが、精霊術に詠唱は必要不可欠。
 シャルには“それ”が扱う術は契術ではなく精霊術だと直感的に確信していた。

「答える必要はない。私はリティーエの民を殺すつもりはない。……どくのだ」
「はい、そーですかって答えるわけにはいかないよね。僕だってアイちゃんと契約中だし」
「アイ……赤毛の彼のことか? 確かに契徒ではあったようだが、そもそも――何故契約をしながら殆ど契術を渡されていない? それならば契約をする事態無意味だろう」
「無意味、じゃないよ」
「……?」
「無意味じゃないさ。だって――それを千愛が望んだから」

 シャルの鋭利な瞳は真っ直ぐで、不敵で、後悔の欠片は存在しない。笑みを浮かべる口元は酷く歪で狂っている。

「まぁでも何、君は契徒の契約したことまで一目でわかるの? 凄いね。それってさ、氷室を最初に狙った理由だよね、氷室の方が殺すのが難しそうって判断したから、氷室を狙ったんでしょ?」
「厄介な方から片付けるのは当然のことだ」
「ふーん、やっぱりね」
「さて、どいてもらいたい。繰り返すようだが、私はリティーエの民を殺すつもりはない」
「御免だね。君が此処から進んだら君に殺されちゃうじゃないか――千愛が」

 転瞬、シャルの姿が消えた。精霊術ではない。“それ”に精霊術は無意味と悟ったからだ。
 “それ”の背後からシャルは姿を現す。両手に握ったクナイをそのままぶつけようとするが、途端一瞬で形成された結界に阻まれる。シャルはクナイとせめぎ合う結界を軸にして後方に飛びのき地面に着地する。

「詠唱なしで精霊術を扱える存在なんて聞いたことがないんだけどな」

 シャルの表情は何時になく真剣だ。クナイを投擲する。真っ直ぐに対象へ向かうと“それ”の掌が僅かに発光し、クナイを正面で受け止める。クナイは“それ”に傷一つつけることなく、塵となり消えた。

「……殺すつもりはないが、仕方ない。少しの怪我は多めに見てもらおう」

 “それ”が指先を軽くはねると、光の輝きがシャルへ無数の光線となり襲う。
 しかし、シャルに光の輝きが直撃することはなかった。シャルが動くよりも早く、影が光を遮った。シャルの前に湧きでるように存在する“影”に“それ”は眉を顰める。
 シャルの前方から木々の枝を利用して水色の彼が降りてきた。

「アオ!」

 彼――アーティオの手には縄が握られていた。優しげな相貌はしかし真剣な表情で前の“それ”を見ている。
 そして、“それ”の背後から現れた黒は残酷なほどに微笑んでいた。手には光を拒絶する影の大鎌を携えて。シャルへの攻撃を守った“影”と同様の力だ。

「見つけた――赤いゴージャスなの」

 背後から現れた黒――ベルジュの赤い瞳は獲物を狩る色だ。大鎌が遠慮なく振るわれる。“それ”は結界で弾くとベルジュは後方に下がる。影の大鎌を回転させると風を切る音が鳴る。


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