零の旋律 | ナノ

第六話:目の前にあるということ


 シャルの自室はこれまた豪邸の名にふさわしい程に広かった。家具は必要なものしか置かれていないため、寄り一層広く感じる。淡い桃色の――桜模様をイメージして描かれた絨毯が部屋全体を明るくする役目を担っているかのようにレストには感じられた。シャルの自室には何故かシングルベッドが二つあった。

「二つ?」
「あぁ、アイちゃんの分だよー」
「成程な。にしても広い……シャルが高級宿ばっかりとる理由に納得がいったよ」

 普段から豪邸で暮らしていれば、普通の宿には泊りたくないと思っても不思議ではないし、自然と高級な場所に足が運ぶのも理解出来た。

「そう?」

 自覚がないのは性質が悪いとレストは内心思いながら作り笑いするしかなかった。言動だけ見ていれば暗殺者らしくない、そのらしくなさが寄り一層、暗殺者だと言うことに納得せざる得なかった。

「オイ、千愛。あのベルジュって何者だよ」

 氷室はアイを引き寄せて小声で問う。シャルとレストからやや離れた位置で会話をしているため、レストには会話が聞こえないだろう。シ

「だから言っただろう? シャルの実家を知らず、シャルの兄を知らない癖に安易なことを考えるなって」

 それはシャルたちと同じ宿に泊まり庭園で密会をしていた時にアイが氷室に対していった言葉だ。あの時は意味を理解出来なかったが、今ならその言葉の意味を理解出来た。あの兄は得体が知れない。

「暗殺者として有名なのか?」
「あぁ、有名だ。それにベルジュは契徒を嫌っているな」
「そうなのか?」
「理由までは知らないけどな。そんなベルジュが安々と霊石を奪われるとは思わない。それに万が一お前がシャルを傷つけたらあの兄は地の果てまで追ってお前を殺しに来るぞ」
「……怖よ」
「事実だ。例え、お前が“あそこへ”逃げ帰ったとしても、何らかの手段を捕まえて殺しにかかってくることを予想するくらい容易だ」

 アイの言葉に流石の氷室も黙った。

「……ちっ、なら諦めるしかないのか?(だが、折角廻り会えた霊石だ。偽物でもない、消えてなくなったわけでもない、存在すら聞かないわけでもない。目の前にある正真正銘の本物……簡単には諦められないな)」」
「そもそもお前は何故霊石を求める? 詮索するなとは言われているが、それくらい教えてくれても構わないんじゃないか?」
「……俺が求めている本命は精霊石だけどな。必要だから求めているだけだ――それを集めることが俺にとって状況を覆せる切り札になる」
「……わかった。それ以上は、今は詮索しない。それともう一つ、お前の自身の能力はどっちだ」
「――“こっち”だ」

 そう言って笑った氷室の手に現れる、黒と紫が不思議に混ざり合わさった色合い、存在から重さを発する球体は決して“氷”ではない。

「成程な、まぁ色々と聞きたいことがあるが、俺を突き出されたらたまらないから止めとくか」
「それが賢明な判断だ」

 氷室とアイが会話を終えるとタイミングよくシャルがいつの間にかお茶を用意していて、それを手渡してきた。

「はーい、どぞ」
「あぁ」

 氷室は油断も隙もないとシャルを危惧する。それと同時にアイが選んだ契約者が恐らく最適だっただろうという結論にもいたった。

「(千愛にはシャルが必要だろうしな……)」


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