W シャル、という得体のしれない実力者はきっとこのまま盗むことは予想していない。不意打ちをつくなら今しかなかった――下手に後々侵入しようとすれば、そっちの方が成功率は低いと氷室は計算していた。そもそもシャルはレストを傷つけたのだ、実家に――兄に気を使ってやる必要はない。 ――もうすぐだ 手がもう少しでガラスケースに届きそうな時 「シャルお帰り」 背後から聞こえた声に氷室の手が止まる。 「――!?」 氷室とレストは驚いて振り返る。 ――こいつ一体どうして 何も気配を感じなかった。突然――瞬間移動してこの場に姿を現したかのように声がしたのだ。 そしてレストはその人物――シャルの兄と視線があった途端、足が力をなくしたように床に座りこんでしまった。 「ただいまー」 「……」 アイは気難しい顔をしながら、シャルの兄と顔を合わせる。シャルは家出中だったとは思えないほど、にこやかだった。 氷室はわけがわからなかった。心なしかレストの身体が震えている。 「レスト、どうしたんだよ」 氷室はとりあえず、突然座り込んだレストは、突如として背後に現れた人間がいたから驚いたのだろう、そう判断して手を差し伸べる。レストは差し伸べられた手を握って立ちあがる。 「ふーん、契徒と契約者のコンビねぇ。友達、というわけじゃなさそうだな?」 その人物は、漆黒の髪を腰まで伸ばされており、艶やかな光沢を放っている。赤い瞳はシャルと同じ色だ。 視線は見定めるようにレストと氷室の方へ向けられる。 ――なんだよ、こいつ 「しゃ、シャル」 「何―?」 まだ動揺しているのか、レストの口調がやや強張っていた。何故ならば、その人物にレストは見覚えがあった。見たことがあった――出会ったことはないが。 「進んじゃいけない道ってお前ん家のことかよ!」 叫ばずにはいられなかった。ガイドが観光客に注意をしていた“進んではいけない道”その正体はシャルの実家だったのだ。 「……そうだったみたいだねー」 「そうだったみたいだねーじゃねぇだろ! どう考えたってお前ん家だよ! なんで本人が気がつかないんだよ……」 「あははー。ベルジュ兄さんは知ってた? うちって進んじゃいけない道って呼ばれているみたいだよー」 シャルの兄――ベルジュは呑気に問いかけてくるシャルに対して優しい頬笑みを向けていた。 「そりゃ、うち以外にはないだろう。つーかお前が人を実家に連れてくるなんて珍しいとは思ったけど、教えていなかったのかよ」 「だって、教える必要もなかったしー? 教えた方が良かった?」 シャルがレストの顔を除きこんでくるので、レストは頷いた。どう考えたって教えて欲しかった。 シャルの得体が知れなかった謎が、レストは此処で解けた。シャルは愛称で本名はシャルドネ=シャルアだったのだ――実際に姿は見たことがないが、その名前だけは知っていた。 レストは、シャルと対戦した時に全く歯が立たなかったことにも納得がいった。いくらレストは多少なりと腕に自信があろうとも、有名な暗殺者に勝てるはずがないと。 [*前] | [次#] |