零の旋律 | ナノ

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「レイシャ!」

 声をかけると前方を歩いていたレイシャは振り返った。レイシャはリヴェルクで出会った水色髪の少女だ。ふわりとした服装が、風に靡く。髪の前側だけ両サイド途中だけを緩くみつあみをして、そこからは下ろしてある。後ろ髪は腰付近の所までは下ろしてあり、そこからは髪ゴムで一本に縛っている。青緑の瞳が、一瞬だけ怪訝そうにレストを見る。

「……久しぶりね」
「あぁ。所でレイシャはなんでこんなところに?」
「……貴方が檻を壊したから、私も少しだけは遠くまで足を運んでみようと思っただけよ」

 檻――リヴェルクの圧政のことか、とレストは解釈する。

「そっか、そりゃいいことなんじゃねぇの?」
「止めて。そんなことを言われたら私はもっと檻を壊したいと思ってしまう」
「それは嫌だと思うことなのか? 広く羽ばたいたらいいだろう」
「……そう、それもありね」

 淡々とした口調で、けれど本当にそれをするのもいいかもと思っている声色でレイシャは答える。

「所で、貴方は何故こんなところに?」
「別大陸に移動するために。今は船が出港するための暇つぶし」
「そう、で貴方の彼女とは無事に合流出来たの?」
「彼女じゃねぇ! 第一氷室は男だ」
「知っているわ。冗談よ」

 レイシャの言葉に抑揚があまり感じられないからか、冗談とは思えなかった。

「本、やっぱり好きなのか?」

 話題を無理矢理変える。だが、それをレイシャは気にした素振りは見せない。

「えぇ、だから買い物をした所よ。この街に来たのも本を新調したかったから。港街だから別大陸からの本も手に入るしね」
「成程。その割には荷物がないように見えるが?」

 レイシャは鞄を持っているが、財布や必需品しか入らない大きさの代物だ。とても本が持ち運べるとは思えないし、それ以外は手ぶらだ。

「業者に頼んだのよ。一人で持って帰れる量でもないし」
「どれくらい買ったんだよ」
「そうねぇ……五十冊程度よ」
「あぁ、そりゃ無理だ」

 それより買いすぎだ、と内心レストは思ったものの、口には出さない。

「それじゃあ、私はリヴェルクに戻るから」
「気をつけて」

 レイシャを見送ってから――やることがないので街の外まで――レストは街を見て回ったが、買い物をするわけではない以上、やることが尽きてしまった。
 空を眺めると、晴天で雲が殆ど見当たらない。太陽の光が眩しくて目を細めながら空を眺めていた。
 氷室に言われた通り、待ち合わせ時間一時間前につくように動いたら――結局迷ったが、それでも三十分前に到着出来た。氷室はまだいないもののすでにシャルとアイがいた。

「早いね―」

 ニコニコと無邪気に笑顔を振りまくシャルの言動に、相変わらず真意が読めないとレストは思う。
 いくら人懐っこい笑みを浮かべていようとも、自分を殺そうとしたこと――しかも圧倒的な力量差を持って――は事実だ。何もないと思うには聊か無理がある。

「あぁ……」
「どうしたのー? 何だか顔色が優れないみたいだけど」
「どうして氷室に霊石を見せてくれる気になったんだ? 家出中なんだろ?」

 振り払えることのない疑問だ。それは時間が経過すればするほど心の中で増えていく。

「家出中ではあるけど、別に構わないよー」

 シャルとアイは石垣に座っていて、レストを手招きで隣へ座ることを促す。

「そうなのか?」
「だって今に始まったことじゃないし」
「は?」

 レストの石垣へ進もうとした足が止まる。シャルは何を不思議に思われたのかわからないのか首を軽く傾げていた。ピンク色の髪が頬にかかる。

「シャルはしょっちゅう家出して気が向いたら帰宅しているぞ」

 仕方ないのでアイが補足する。それって家出じゃないだろ、と内心レストはつっこみを入れる。どうにもシャルとは感じ方が違いすぎるようだ。

「兄さんとは仲いいから、気が向いたら帰宅するよー」
「そ、そうなのか」
「うん、でも兄さんはアイちゃんのことが嫌いなんだよね―」

本人の前で言うことではないだろうと思いつつ、無邪気なシャルの言葉に一々ツッコミを入れる気分には慣れなかった。会話がかみ合っているようでかみ合っていない違いをレストは実感する。
他愛ない会話をして時間をつぶすと集合時間ピッタリに氷室は姿を現した。


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