零の旋律 | ナノ

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「馬鹿でも構わないけど、流石に見過ごせなかっただけだ」
「……本当に馬鹿。現実を悪化させるだけじゃない」
「アンタは目の前で人が死んでも構わなかったというのか?」
「……それが、変えられない現実よ」

 少女は淡々と言葉を返す。

「でも、私は嬉しかったですよ」

 彼が助けた市民――二十代後半の女性は両手を真っ赤にしながら微笑む。

「有難うございます」

 彼に向けてお礼を言う。女性にとって彼は命の恩人だ。

「俺は別に助けた、ってわけではない。ただ、俺が見過ごせなかっただけだ」

 見過ごせないから、自らの行動原理に従って行動したに過ぎないと彼は答える。

「それでも、有難うございます。あ……と、お名前は?」
「レスト」

 彼――レストは優しい笑顔で女性に手をさし伸ばす。

「私はアエリエといいます。レストさん」

 女性――アエリエは手を握る。
 少女はそれを冷たい視線で眺める。手すりから降り、階段を上る。本棚に手を伸ばし、読みかけだった本を手に取る。栞を挟んであったページを開き、本を読み始める。

「お前はなんて名前なんだ?」

 レストが本を読み始めた少女に声をかける。本を一旦パタンと閉じ、少女は視線をレストへ向ける。

「レイシャよ」
「レイシャね。迷惑そうだから、俺は怱々に退散するつもりだけど、一ついいか?」
「何」
「氷室って名前で長身のやつ見かけなかったか? イメージとしてはふわふわ浮いてそうな感じだ」
「そのイメージを言うことで、より一層わからなくしているけど。氷室なんて名前知らない」

 ――氷室
 名前は知らない、顔も恐らくは知らない。けれど、レイシャはその名前に引っかかりを覚える。

「そっか。あいつ何処に行ったんだ」
「貴方の彼女か何か?」
「俺に彼女は残念ながらいない。それ以前に氷室は男だ。あいつが彼女だったら俺は崖から飛び降りる」
「崖から飛び降りるけど、死ぬつもりはないのね」
「まーな」
「生きている保証もないのに」
「かもしれないな」
「まあどうでもいいけれど、厄介事になる前にこの街をさっさと退却するべきね」

 レイシャは至極どうでもいいように淡々と告げる。
 ただ、現実だけを生きる――レストにはそう思えた。

「ああ、だけどなこれだけは言っておく――現実を見ている振りして現実逃避したところで、何も事態は変わらないぞ」
「……私のことを何も知らないのに、わかった口を聞かれるのは不愉快」

 一瞬、少女の瞳が鋭利な刃のようになる。

「悪かったな」

 剣呑ではない雰囲気にレストは肩をすくめる。


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