零の旋律 | ナノ

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「あんなぼろい宿に泊っているの? 天井破れたりしない? 床は抜けない?」
「それはない! つかぼろいとか言うな!」

 一番安い宿と一番高い宿を比べれば必然的にぼろく見えるのは致し方ないが、しかしそれでもぼろいとは言われたくなかった。豪華な宿を見た後は、自分たちが泊る宿に戻りたくなくなるのは普通の心情だ。シャルに案内された部屋はやはり豪華で、レストが今日泊る宿と比べると月とすっぽんくらいあっても不思議ではない。

「適当に座りなよー」
「あ、あぁ」

 せっかくだからとレストは遠慮なくベッドに座った。寝心地抜群な座り心地で霊石の話など後回しにして昼寝をしてしまいたい。

「で、霊石を何処で見たんだ」

 少しくらい昼寝をしてからでもいいじゃないか――そうレストはせっかちな氷室に対して言いそうになったが寸前の所で押しとどめる。

「何処でって……そもそも、何故霊石を探しているの?」
「探しているから探しているんだ」

 当然の質問に対して答えになっていない答えを返す氷室に、シャルは霊石のことを話さないかとレストは危惧したが、この少年は基本的に無邪気で気にしない性格なようだ。

「そっかー。何処で見たって言われても、うちにあるんだけど」
「そうか……っては!?」

 氷室の呆けた顔は珍しかったが、レストはそれを見逃してしまった。何故ならレストも呆けていたからだ。

「ちょっと待て。お前、今うちにあるっていったか?」

 氷室の追及にシャルは首を縦に振る。

「うん。前に兄さんが貰って来たって言っていたよ。綺麗だから飾ってあるし」
「貰って来た!?」
「そう、仕事の報酬として貰って来たって『仕方ないから飾るか』って兄さんは言っていたかな?」
「仕方ないから!? どういう基準だ!?」

 何が仕方ないのか非常に追及したい心境にレストはかられる。それは氷室の同様のようだ。
 売れば当分は遊んで暮らせるだけの価値がある霊石を、どうすれば仕事の報酬として得るのかはともかく――仕方ないから飾るかという言葉の意味は理解できない。

「それは兄さんに聞いてよー。僕の持ち物でもないし」
「なら、見せてくれないか?」

 氷室の言葉の裏には強奪する意思が見え隠れしているのにレストは気がつかなかったことにした。自然に会話をしているが、しかし一度殺し合いをした相手であり、ましてやレストはシャルに殺されかけたのだ。一方的でもわだかまりがないわけではない。ならば、シャルと氷室どちらの味方をするかと言えばレストは迷わず氷室の味方をする。 そもそもシャルが何者であるかすら知らないのだ――むしろシャルの家を含め謎が会話をする度に深まるばかりである。

「んー」

 今までの経緯から断ることはなく即答しそうなものだったが、しかし予想に反してシャルは微妙な顔をする。アイも微妙な――というか此方はやや怯えた顔をした。

「何か駄目な理由でも?」
「いや、駄目というかねぇ。僕さ、今家出中なんだよねー」
「は?」

 この少年は意表を突くのが好きなのだろうかと氷室は本気で疑い始める。

「兄さんと喧嘩しちゃってさー。だから家出中」
「……霊石をどうしても見たいんだ。お前の兄貴と仲直りをしてくれ」
「アイちゃんがいいって言ったらねー」

 何故アイが関与してくると思いながら氷室は鋭い視線でアイを見る。アイは兄さんの単語か、それとも氷室の視線に対してか顔を引き攣らせながら渋々頷いた。
 氷室の目的に対して、アイが素直に頷くとは思えなかった。アイには何か別の思惑がある、それに氷室は気がついたが、しかしアイの思惑には興味も感心もない。
 氷室にとって重要なのは精霊石ではないが、霊石の存在だ。そして霊石を手に入れることだ。
 シャルの部屋にある鏡から氷室の表情は見えないが、氷室が自分の顔を確認すればさぞ悪人面ということを認識できただろう。

「アイちゃんがいいって言うならいいよー。あ、でも僕んち別大陸だけどいい?」
「何処だっていいさ」
「りょかーい。でも今日の便はもうないはずだから、明日にしようか。あと」
「なんだ?」
「宿代出して上げるからこっちに泊りなよ」

 即効で頷いた氷室とレストだった。偶には寝心地抜群の部屋で寝たいものだ。


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