零の旋律 | ナノ

W


「空振りだった」
「研究資料とかは?」
「当然探したが、見られても困らないものだけが残っていて、肝心の研究成果とかその辺のことに関しては何一つなかった。しかも俺が侵入する少し前にそいつも侵入したと見える」
「……一体何が起きたんだろうな」
「さぁな」

 氷室は腕を組む。霊石を狙った輩に目星などつかないし、霊石の存在を狙う者は数多くいる。その中から犯人を絞りだすことなど不可能に近い。一体誰が何のために霊石を強奪したのか、皆目見当もつかない――それだけ、霊石には謎と利用価値が高いのだ。

「……ん、何だ?」

 氷室は視線が集中していることに対して、顔を顰める。レストも何故だと驚いていたが、しかしよくよく視線の先を見てみると、それは自分たちへ向けられたわけではないことに気がついた。
 視線はレストでも氷室でもなく、ケイに集中している。そしてその視線は決して好意的ではない。

「んあ? 俺に何用?」

 マイペースな動作で欠伸をしながらケイが問うと、それが引き金となったのか市民の一人が怒鳴り始める。

「こいつも領主と同じだ!」
「え、俺と領主見た目とか全然違うんだけど」

 抗議したのはケイだが、論点がかなりずれていた。それは火に油を注ぐ形となる結果に終わる。

「こいつも捕えて殺してしまえばいいんだ!」

 こいつも、それはすなわち最初から市民の中で、領主を生かす選択肢は存在しなかったことになる。リーダーが殺すことを望んでいないことは理解しているつもりではいる、それでもリーダーの意にそぐわない結果を招いたとしても殺したかったのだ。全ての市民ではないが、けれどそれが大半であるのもまた事実。
 一人の叫び声は同じ思いを抱いている仲間へ伝染し、ケイを罵倒していく。主だった理由は、自分たちが我慢しているのに目の前で贅沢三昧を繰り広げたことだ。みじめな自分たちを嘲笑っていたんだとか、そういったものが殆どだった。
 レストは内心理不尽だなと思う。確かに贅沢三昧を繰り広げていたのは事実だろうが、それを利用していたのも事実であろうに、あろうことかそれを棚に上げている。棚に上げていることにすら気がついてない様子だ。最も仮に気付いていたとしても、意にも介さないだろうが。

「えぇ、俺ってそんなに嫌われていたの!?」

 へらへらとした態度のまま、大仰に驚くケイにレストは内心ため息をつく。こんな性格だから、こういった話になってくるのだと。

「当たり前だ! てめぇのせいで!」
「そうだそうだ!」
「てめぇがいるからだ!」

 怒涛の言葉に、ケイは数歩だけ後ずさりする。

「おい、そこの商人の息子は……」

 リーダーが何かを口にしようと叫ぶが、市民大勢の言葉に呑み込まれて誰にも届かない。怒りが籠った言葉はリーダーの言葉を消し去ってしまう。

「んーやばそうだなぁ、俺死にたくないしーというわけで逃げるに限る」

 レストと氷室に軽く手を振ってから、脱兎のごとく逃げ出したケイの後ろを大勢の市民が後を追う。逃げるな、追え、殺せ、などの様々な叫び声と足音が響く。
 氷室は危険回避のために、レストの両脇を掴みそのまま宙へ避難した。一番安全な避難方法であった。


- 29 -


[*前] | [次#]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -