零の旋律 | ナノ

V


 広場の中央に契約者であり、この反乱のリーダーである青年は剣の先端を地面に突き立てている。剣に付着した血は地面に向かって流れて行く。

「お疲れ様〜」

 呑気な声で隣にいる契徒が声をかける。契徒は汗一つ流さず、息一つ乱していない。それもそのはず、契徒は何もしていないのだから。しかし、それを咎める者は誰もいない。

「あぁ」

 リーダーは剣を向ける必要はないと眼前で尻餅をついている中年男性へ視線を向ける。それだけで男は怯えた。

「おい、領主は何処だ?」

 領主邸を制圧した彼らだったが、その場にはすでに領主は何処にもいなかったのだ。逃げた後だとはわかったため、すぐに捜索に出たが未だに見つからない。今も街中を市民が躍起になって走り回っている。

「し、知らない……!」

 真っ青になり、歯ががちがちと震えながら叫ぶ男の言葉は信じるだけの証拠もないが嘘をついているとは思えなかった。

「縛っておけ」

 ならば、とリーダーは中年男性――領主の側近だった男を捕える命令だけをする。いくらか死人を出してしまったが、リーダーは出来る限り領主側の人間を殺したいとは思っていない。勿論、市民側にも極力死者は出したくない。
 市民の中には領主側の人間を殺したいと思っている者たちがかなりの数入ることは承知していた。それでも、リーダーは不可抗力を除いて意図的に他者の命を奪うことは良しとしていない。捕えるだけで十分、殺す必要はないと反乱を起こす前に口を酸っぱくして言ってある――しかし、果たしてどこまでその言葉に拘束力があるのかは不安な所だった。
 市民も、リーダーの存在なくしては反乱が成功する可能性は微塵もなかったことを理解している。けれど、理解しているからと言って殺したいと思う感情を制御しきれるわけではない。
 未だ領主は見つかっていないが、それ以外の面で反乱は成功した。大勢の市民が広場に集まり、冷めない熱気に満ちている。
 レストはその様子を少し離れた場所で眺めている。

「凄いなぁ」

 レストの隣に当然のように並んでから声をかけてくる人物がいた。氷室ではなくケイだった。相変わらず煌びやかな装飾品に身を包んでいる。怪我ひとつしていない所を見ると、反乱が終わるまで何処かで隠れていたのだろうか、とレストは推測する。

「まさか、本当に成功するとはねぇ」

 ケイは苦笑している。

「成功すると思っていなかったのか?」
「いや、思ってはいたけどねーこれほどまでに手際よくやるとは思っていなかったんだよー」
「おい」

 声と同時に、影が差す。ケイが上を見上げると、ケイの真上から緩やかに落下してくる人物が見えたので、位置をずれて落下地点を開けた。落下速度は落下しているには異様に遅く、重力に逆らっているようにケイの瞳には映った。

「氷室、どうしたんだ?」

 レストはやや遠慮がちに尋ねる。氷室の表情は近づくな危険と札が表示されていても不思議ではないほど悪かった。レストも氷室でなければ声をかけない。

「霊石が既に何者かに取られた後だったんだよ」
「……!?」
「研究所もすでに殺戮された後だった」

 半分以上は嘘だ。氷室が殺していないのは、霊石があったとされる場所だけで、他の場所は氷室が殺した。けれど、それをレストには告げない。


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