零の旋律 | ナノ

第一話:現実という檻の中で


『貴方は檻を壊した。貴方は私に希望を抱かせた、その責任を取ってよね』

 リティーエの北にある街リヴェルク。煉瓦で統一された街だ。街の中心には時計台があり、昼間は一時間ごとに時刻を知らせる鐘が鳴り響く。玲瓏たる響きは時間の経過を知らせるのと同時に、疲れを癒す時間を授ける。
 少女は一人、街を散歩する。特に行くあても目的もないが、散歩をするのは少女の日課だった。その瞳は現実を見据え、道を切り開こうという意思は感じられない。少女の足取りが止まる。人気のない道では、日常的光景が繰り広げられている。支配者が市民を取り締まり、好き勝手に権力を駆使して君臨する。支配者に逆らえば何をされるかわからない恐怖が市民を縛り付ける。見なれた光景、珍しくもない日常的。少女は道を誤ったと元来た道を戻ろうとする。
 少女にとって、その光景に加わって市民を助けることも支配者に媚を売る必要もない。
 是がただの現実。現実を変えようとは思わない。
 だが、少女の引き返そうとした足取りが止まる。少女からよく見える形で、つまり支配者の背後から、市民を殺そうと抜いた刃の柄を止める手があった。

「……馬鹿じゃない」

 少女は呟く。現実に逆らったところで一時のことでしかない。むしろ現実を悪化させるだけ。

「何だ貴様は!」

 支配者は当然自分の行動を止められたことに怒りを覚え、後ろを振り返る。
 眩い白き光――太陽の光を浴びて一層輝きを増す銀の髪と、銀の髪に対して、少し濁りを見せながらもそれは青空のような水色の瞳。何処か現実離れした相貌。年の頃合いは少女より少し年上だろうか、しかし二十には届かない。
 支配者が権力という名の暴力を振るう前に――彼が、支配者を殴り飛ばす。壁に激突し、鈍い音を立てながら床に倒れる。
 その後動かないところをみると、気絶したのだろう。

「自分の力量もわからない馬鹿」

 少女は呟く。柄を掴まれるまで、その存在を認識できないのであれば、支配者が暴力行為に出た所で勝ち目はない。足音がする。恐らく騒ぎを聞きつけた憲兵がやってくる足音。

「こっち来て」

 少女の判断は迅速だった。彼と市民の手を掴み、走り出す。彼と市民はそれに逆らわず黙ってついてきた。
 少女は二人を助けたかったわけではない。助けようという気持ちは僅かも持ち合わせていない。ただ、これ以上この場にとどまれば現実が悪化するのは目に見えていた。悪化させないために少女は手を伸ばした。

「あんた馬鹿?」

 少女に連れてこられた先は少女の自宅だった。少女一人で住むには広い。エントランスがあり、中央には二階への階段がある。しかし、その広さは無数の本棚と本によって広さを感じることはなかった。少女は階段の手すりに座る。部屋へ案内するつもりはないようだ。
 そして、第一声がそれである。勿論彼へ向けての言葉だ。


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