零の旋律 | ナノ

V


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 氷室は情報が見つからず、これ以上探しても仕方ないかと思いかけていた時、目の前に自分と同様の契徒が現れた。

「……話がある」
「わかった」

 目の前に現れた深緋の契徒――アイが街の外へ向けて歩き出したのを見て、氷室はその後ろについていった。道中は一言も会話を交わさない。
 人気のない森に到着して、ようやっとアイが口を開いた。氷室に対する疑問を解消するため――もしくは追及するために。

「氷室、お前は何者だ? 何故“複数の能力”を持っている」

 アイの言葉に、氷室はニヤリと口元に弧を描く。大胆不敵、それがしっくりくる表情だ。

「さぁ、お前に答えてやる必要はないと思うぞ」
「お前の契徒――レストは、氷室の能力を氷だといった。けれど、お前宙に浮けるんだよな? それは氷の能力じゃない、別の能力だ。レストは契徒が飛べるものだと思っているみたいだが契徒は“飛べない”勿論、能力によって飛べる契徒もいるけどな」
「ちっレストの奴余計なことを」

 氷室は顔をそらして舌打ちする。相変わらず大胆不敵な表情は変わらないが、それでもアイに対して余計なことをレストには口走ってもらいたくなかった。最も、氷室はレストに対して口止めをしていないから、氷室の能力を説明するのも無理からぬことである。

「それにお前はレストに色々なことを秘密にしているみたいだな、本当に何者だ?」
「繰り返すが、答える必要はない――千愛(ちあき)」

 アイは大仰に驚きホルスターの中から拳銃を抜き、両手で握り、氷室に標準を合わせる。

「千愛(ちあき)。お前がどう頑張ったって、お前の能力じゃ俺には勝てないだろうが。それとも銃で頑張るか?」
「……何故、俺の名前を?」

 アイの本名は千愛だ。アイとは昔、契徒の友人が考えてくれたあだ名だ。それ以降本名で呼ばれることは殆どなかった。ましてや最初出会った時、シャルはアイのことをアイちゃんと紹介した。氷室が本名を知る由など本来ならないはずである。氷室と過去に出会った記憶はアイにはなかった。

「お前に見覚えがあったからに決まっているだろ」

 千愛は発砲する。反動で僅かに後退する。氷室にまで銃弾は届かなかった。まるで何かの重圧に押されたかのように、銃弾は氷室の足元で潰れていた。

「まぁ、安心しろ。別に俺は『逃亡者の契徒』を捕まえる気はない。お前が俺に敵意を向けない限りは放置しておいてやるよ、どうする? お前にとってこれほどの好条件はないと思うぞ」
「……」
「それと、俺に対して詮索もするな、仮にしたとしてもするだけ無駄だ」
「……わかった。ならお前が俺を見逃してくれるお礼に、早くレストの方へ戻った方がいいぞ」
「契徒狩りか?」
「そうだ、契徒狩りがレストを狙っている。契徒を殺すためには契約者を殺すのが一番手っ取り早いからな。最も、契約者を殺せば契徒に能力は戻るが故に、不死ではなくなる代わりに強くなるんだがな」
「それでも、不死よりは倒しやすい。しかし、舐めるな、レストは結構強い。そんなわけのわからない契徒狩りに殺されるわけないだろう」
「どうだろうな」

 アイの何処か大胆不敵でありながら、真剣な表情に氷室はアイの言葉が出まかせでもハッタリでもないことを感じ取り、レストを信頼しながらも心配になった。
 アイは契徒狩りの存在を知っている――そう直感した氷室はアイに構わず宙を浮きレストを探しに走った。アイを問い詰めた所で場所を知っているとは限らないし、知っていても教えるとは思えなかった、だからこそ最初から氷室はアイに問うことをしなかった。


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