零の旋律 | ナノ

V


「もーう、人が凄いから見失わないようにしていたのに気がついたらいなくなるんだから」

 無邪気な声と合致するような人懐っこい笑みを浮かべる少年だ。鴇色の髪はやや癖があり、跳ねている。真っ赤なくりっとした瞳は愛らしさを醸し出していた。年の頃合いはレストと同世代かだろうが、言動はやや年下に見える。

「あれ、そちらさんはどちらさん? って契徒?」

 首を傾げながら視線は氷室へ向く。

「あぁ、そうだけど」
「じゃあ、そっちの少年は契約者なんだー」

 少年は無邪気に笑う。まるで、何が起きても自分とは無関係だと言わんばかりの、何処か狂った笑い。けれど、レストも氷室もそれには気がつかない。気がつけるだけの会話を少年とは交わしていなかった。

「僕はシャル。こっちはアイちゃんだよー」
「俺はレストで、こっちは氷室」
「そっかーレストに氷室だねー」

 さらりとした少年――シャルの自己紹介にレストも気がついたら名乗り返していた。
 フレンドリーさを全身から醸し出すシャルにレストは自然と笑顔になる。

「じゃあ、アイちゃんいこ!」

 嵐が過ぎ去るような勢いでシャルはアイの手を引き、あっと言う間に人ごみの中に消えていった。呆然とする氷室とレストは苦笑する。

「何だったんだ?」
「さぁ」

 肩をすくめる氷室だが、それと同時に視線は鋭い。
 ――あの契徒何処かで

「……精霊石を探そう。契徒が何故、俺の他にもいたかなんてことは気にしても仕方ないしな」
「それもそうだね」

 その後、街の情報屋を名乗る人物にコンタクトを取って、精霊石の情報を聞き出そうとしたがそんな名前をそもそも知らないと言われてしまった。本当に情報屋かと氷室が言いだす前にレストは氷室を引っ張って退散する。
 なんでだ、と氷室は不服そうな顔をしていたが、レストは精霊石なんて普通知らなさそうな物を知っているのなんて本当に凄腕の情報屋程度な物だと窘める。
 氷室は鋏を取り出してレストの髪を切ろうかと、レストの背後から考えるが、街中で切っても不審な目で見られるだけだし、後始末も大変だしと判断して止める。
 一日を費やしたが目ぼしい情報を得られることはなかった。
 氷室とレストは旅人が利用しやすい安価な宿に泊まる。

「疲れた。足が棒になる」
「普段飛んでいる奴が何をほざく」

 氷室は部屋に入って怱々ベッドの上で横になる。

「流石に街中で飛んだら不審かなと思って止めたんだよ」
「変な所常識ないくせに、変な所常識あるよな」

 呆れるべきか、感心するべきかレストは悩む。

「とりあえず。飯でも食べるか」
「そうだね」

 腹が減ってはなんとやらと氷室が言いながら、宿の階段を下りて一階に行く。氷室とレストの部屋は三階だ。階段を下りる度にぎしぎしと音がする。いつ壊れても不思議ではないが、氷室とレストが泊っている期間は壊れないだろうと氷室は判断する。
 食堂で食事を注文する。夕食というよりは朝食のようなメニューだったが、文句をつけることなく間食した。


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