零の旋律 | ナノ

V


 ルーシャが先行して走る背後にぴったりとアーティオとベルジュは並行して続く。
 迷いない足取りで進むルーシャは――まるで、この世界の地理を知っているかのようであった。

「ベルジュ。シャルについていなくてもいいのですか?」

 アーティオもシャル同様、ベルジュであればシャルと行動を共にすると思っていた。

「お前一人をいかせるわけにもいかないだろう」

 だが、予想外の返答にアーティオは目を丸くする。

「俺を心配してくれたのですか? 心配されるほど弱くなんてありませんよ」
「それくらいはわかっている。けど大丈夫だ。あっちにはシャルがいるし、一応全員契術が扱えるんだ」

 シャルを果たして契術が使えるとカウントしてもいいかは微妙な所だとアーティオは思ったが、ベルジュが自分を一人にするわけにもいかないと思いついてきてくれたのが素直に嬉しかったので、余計なことは言わなかった。

「そうですね――有難う」
「気にするな」

 ベルジュが邪悪に微笑んだので、アーティオは柔和に笑った。



+++
 氷室の先導で移動する。道中目立つ行動を避けたい氷室は一瞬、自分の能力でシャルとレストを浮遊させるかと考えたが、そちらの方が目立つと判断し、行く方向は氷室が指示をしてシャルが周囲に人の気配がないかを手繰り移動するのを繰り返した。
 そのおかげで、目的地の入口までは誰とも遭遇することなく辿りつけた。
 ただ、シャルは気配を手繰るとき、何度か不思議な表情をしていた。

「シャルどうした?」

 レストが声をかける。

「わかんない。ただこう変な感じがするなって。契徒の気配は知っているから動けるんだけど、その気配が何かに邪魔をされているような? そもそもこの建物自体よくわからないしね」

 シャルは首を傾げながら答える。
 不思議な違和感が感覚としてシャルにまとわりついていた。気配を探るのに、気配を探る邪魔をされているような妙な感覚。それが何なのか、シャルには理解出来ない。
 こんこん、とコンクリートと説明された黒いビルを素手で何度か叩く。音の反響の仕方も違い、建物そのものが人を遮断しているような――そんな不気味な感じだった。

「……恐らくシャルの知る世界とは違うから、違和感があるだけだろ」
「んーそうだろうね。まぁ僕としては別に判断に迷うようなことにはならないからいいんだけど」
「なら問題はない。突入するぞ、大丈夫か?」
「問題ない」
「俺も大丈夫だ」

 レストは氷の契術を周囲にまとわせる。自分の周囲に氷の属性を予め容易しておくことによって素早く対処出来るようにしたのだ。シャルはクナイを玩具のように振りまわす。緊張感が相変わらずないなとレストは苦笑する。苦笑したところで、シャルの能天気さに自分も感化されているなと思った。

「じゃあ行くか」

 果たして、この先にいるのはアイか精霊の王ユーティスか。
 シャルはアイがいることを願いながら建物内部に侵入をした。


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