零の旋律 | ナノ

夕暮れの世界


 夕暮れが空一面に広がる。夕焼けが広がる先には月と太陽が交錯している。
 此処は契徒たしの世界。
 通称夕暮れの世界。一年中、一日中この世界は夕暮れ、故にそう呼ばれている。

「何故こんな場所に?」

 人の気配がしない、小高い丘の上に姿を現した氷室は目を細める。

 ――到着地点をあの精霊は弄ったって言うのか? 何故。それとも偶然か?

 異界繋ぎで場所を指定しなければ到着するのは契徒の組織内部と初期設定されている。故に氷室は国に戻ってきてすぐに乱戦になると臨戦体型をとっていた。

「氷室。此処が?」
「そう。此処が契徒の世界。通称夕暮れの世界だ」

 驚愕するレストに氷室が説明する。

「ほう、是が契徒の世界か」

 ベルジュが面白そうに口を歪めた。アーティオは見なれぬ異世界の風景に呆けている。シャルは面白そうに口を歪めていたからやはり兄弟か、と氷室は内心思う。
 精霊に守られし世界リティーエとは全く違う光景が一面に広がっているが、精霊であるルーシャが驚いている様子はなかった。
 むしろ忌々しいさを氷室は感じ取った。

 ――こいつは本当に、何者だ。

 ルーシャと接する時間が増える度に精霊の王ユーティスとは違う警戒心を強めていく。

「ねぇあのノッポな黒い変なのなに?」

 シャルが氷室の腕を引っ張る。指差した方向を氷室へ向けさせて説明を求める。その表情は爛々としていて新しい玩具を貰った子供のようだ。

「あれは建物。ビルだ」
「ビル?」
「お前らの二階建てとかの建物をさらに高くしたやつだ」

 夕暮れに照らされた黒く塗られたコンクリートのビルが眼下に並ぶ。自然の気配を感じさせない世界。高く聳え立つビルの周りを青い光が一回転している。青い光の上をさらに白い何かが上へ下へと移動している。空中には薄暗い青の光が点々とともっている。都市内部には、無数のシャル達には見覚えのない機材がいくつも並んでいる。

「変な世界だね」

 シャルが率直な感想を漏らす。自分たちの世界とは似ても似つかない世界は違和感だった。

「そりゃ。俺たちからしたらお前たちの世界が変な世界だからな」
「それもそっか」

 世界が違うのだから文化が違って当然、とシャルは納得した。

「……契徒。ユーティスが捕えられているとしたら何処だ」

 ルーシャの言葉に氷室は顎に手を当てる。

「可能性として高いのは二か所だな。どっちかにいると思う。取り返しに来る可能性を考えて千愛と精霊の王は別の場所に閉じ込めているだろう。その方が襲撃者にとって襲撃しにくいからな。しかも、正反対の方向だろう。どっちにどっちがいるのかまではわからないな」
「成程。可能性として二か所に絞らせる場所へ――いうなれば変な場所に閉じ込めることはしないで、襲撃者がきても撃退出来るように予め襲撃される対象を絞るか」
「だろうな。左と右。どっちに進む? 二手に分かれるか」
「当たり前だ。選んだ方向がもしユーテのいない場所だったから困る」
「……精霊の王の気配を辿ることは出来ないのか?」
「精霊術がつかないこの世界では無理だ。出来たら私はお前に問うことはしない」
「そりゃ、そうか」
「精霊のいない世界なんて本当にあったんだな」

 レストが呟く。肌をまとわりつく感覚が凄く冷たかった。目には見えないけれど確かに存在していた精霊の温かさを、この世界は全く感じない。


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