零の旋律 | ナノ

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 ◇密談はすみやかにロイヤル・ブリギットの最上階で交わされる

「わー、首都ですよ! リヴェルアですよー! 主、さっそくお買い物してきていいですか?」

「まてまて、せめてホテルにチェックインしてからにしろ」

「ちぇー、じゃあチェックインしたら早々お買い物にいくんで、お金下さいね」

「給料やってるのに、なんでこう毎回毎回金をせびるんだお前は……」

「いいじゃないですか、主のところで止まりがちな経済を回してあげてるんですよ。いわばボランティアです」

「ボランティアの意味、辞書で引いてこい」

 首都についてそうそうぴょこぴょこと飛び跳ねるリアトリスを、アークがつかれた様子で宥める。大規模な依頼になりそうだから、と無理矢理連れてこられたヒースリアはこれからカサネに会うとあって、とても機嫌が悪いようだった。人見知りをしがちなカトレアは姉の後ろで人混みをきょろきょろと眺めている。
 
「あー、カトレアは私から離れちゃだめですよー」

 戸惑い気味の妹に気付き、今まではしゃいでいたリアトリスがカトレアの手をぎゅっと握りしめた。二人で顔を見合わせて笑い合う。アークはさきほどから、カトレアがあまり人混みに巻き込まれないよう考慮して動いているようだった。ヒースリアは彼女がはぐれてもすぐ分かるようにさりげなく列の最後尾につき、ゆったりと歩く。彼らの様子をみてシェーリオルは、カトレアがレインドフ家の面々に相当可愛がられているのだということを実感する。あるいは、そうしないと後でリアトリスが恐いというのもあるかもしれないが。
 
「こっちだよ。カサネはもうホテルのほうに来てると思うから」

「わざわざ人を呼びつけるからには、最高のもてなしがあるのでしょうね? これで少しでも礼を欠いたりすればアレの首をすぐにへし折ってやりますからね」

 列の最後尾を歩くヒースリアが少し低めの声で唸るように言った。口調こそ敬語ではあるが、どこか殺気も混じっているようでシェーリオルは苦笑する。前々からヒースリアがカサネを嫌いなのは知っていたが、今回はよほど虫の居所が悪いのだろうか。
 
「大丈夫、予約してあるのは『ロイヤル・ブリギット』の最上階だからな」

 シェーリオルの言葉に感心したような声をあげたのは、ヒースリアではなくアークだった。

「へぇ、最高級ホテルじゃないか」

「一応、これは俺たち個人の依頼じゃなくて国からの依頼って形だからな。金も掛かるのさ」

「税金か」

「国防費からの出資だ。俺は妥当な判断だと思うけどね」

 ロイヤル・ブリギットの中央玄関につくと、ホテルマンが恭しく礼をして出迎えてくれた。アークとヒースリアの持っていた荷物を受け取り、フロントまで案内するとアークのチェックインを見計らい最上階まで案内してくれる。
 大きな窓から景色を一望できる通路を歩きながら、リアトリスが感心したような声をあげた。
 
「うわー、豪華ですねー! 主も結構いい部屋とりますけど、ここの最上階ってめったに取れないんでしょう?」

「嘘か本当か、政治使用専門って話だからな」

「この分だと、噂は本当のようですが」

「そんなのただの噂だよ。ただ、国賓レベルのVIPがよく泊るだけさ」

「それは噂が事実ってことだろうが」

 ホテルの最上階には八つほどの部屋があり、そのどれもが四十二u程度の広さを有していた。ホテルマンの話では下の階もカサネとシェーリオルによって貸し切られているそうだ。どうやら、アークたち以外にもこの依頼に関わる人間がいるらしい。
 
「大規模な組織らしくてね。さすがに人数がいるんだ」

 飄々とした態度でシェーリオルが宣う。
 しばらくホテルマンの案内に従って歩いて行くと、最上階の中央にラウンジがあり、そこに入るよう促される。VIPがよく泊るというから、おそらく会合用に設けられた部屋なのだろう。大きな扉には慎ましやかな装飾が彫り込まれ、さりげないがしっかり『高級』であることを主張している。
 
「ここでカサネが待ってるのか」

「そう。それと、レインドフ同様この仕事をする人たちがな」

アークの質問にシェーリオルが答えると、アークは解ったと頷いてリアトリスとカトレアにもう買い物にいってもいいと伝える。けれどカトレアは首を横に振った。

「せっかくだから主と一緒に仕事をする物好きさんを見てから買い物にいきますよー首都なら珍しいものもたくさん売ってるでしょうけどー主と一緒に仕事しようとする物好きさんなんて、これから一生かかってもお目にかかれるかどうか怪しいですからねー」

「……そうかよ」

 疲れたように肩を落とすアークを無視して、ラウンジの扉が開かれる。巨大な円卓のいわゆる上座の椅子に悠然と座っていたのは、オレンジ髪の策士――カサネ・アザレアだ。

「お久しぶりです。アーク・レインドフ。使用人をずいぶんつれてきたようですね」

「せっかく国の金で首都観光ができるっていうから、ついでにな」

 アークの背後から部屋を覗き込んだリアトリスが、ぐるりと室内を見渡す。アークもついでに辺りを見回すと、アクアブルーのツリ目とばっちり目があった。見覚えのある顔に思わず目を見開くが、それは相手も同じだったようで椅子から勢いよく立ち上がり、つかつかと大股でアークの元にやってくる。
 
「おお、君はいつぞやの!」

 ライトブラウンの髪に、ツリ目がちなアクアブルーの瞳を持った男。たしかアレックス・ラドフォードと名乗っていた気がする。
 
「そういうあんたは、趣味の悪いヒーロー様か」

「まさかこんなところで再会するとは思ってもみなかったよ。祐未! きてごらん。覚えているだろう、クロウがこちらに来た時君と戦った黒髪の青年だよ」

 あの時売られた魔族の少年はクロウという名前をつけられたらしい。アレックスが振り向いた方をアークも見ると、これまた見覚えのある黒髪の少女が座っていた。彼女は頬杖をついたままアークとヒースを見比べ、少しばかり警戒の色を浮かべながら口を開く。
 
「今度は味方か?」

「そうみたいだな。残念ながら」

「あたしはホッとしてるよ」

 彼女の質問に答えたのはアークだ。彼女はアークの答えにため息まじりの返答をしたあと、頬杖をついたままヒラヒラと手を振って
 
「よろしく」

 と呟いた。
 
「知り合いだったんですか?」

 彼らの会話を黙って聞いていたカサネが問う。その時現場に居合わせたヒースリアがカサネの質問に答えるはずもないので、仕方なくアークが頷いた。
 
「ああ。この前依頼のどさくさでちょっとな。こいつらとなら一緒に仕事をしても支障はなさそうだ」

「理解が早くて助かります。今回殲滅して欲しい組織の全貌が明かでなく、相当巨大なものであることが予想されるので、貴方がたに協力してことにあたって欲しいんです」

 一人だけアークが見覚えのない少年がいて、彼はアークと目があうとゆっくり椅子から立ち上がり、歩み寄って手を差し出してきた。なかなか礼儀の出来た子供のようだ。

「はじめまして。祐未の弟の、白井直樹です。よろしく」

「よろしく。俺はアーク・レインドフだ。横にいる銀髪はヒースリアっていってうちで執事をしてる。そこの双子はリアトリスとカトレア。使用人だ」

 十三、十四歳くらいだろうか。ツリ目がちな黒い瞳は姉だという祐未にそっくりで、ベリーショートの黒髪も祐未同様少しクセがあるようだった。しかし姉とは違い、おそらく運動神経は良いだろうが戦闘経験はないと思われる。

「君もこの仕事に参加するのか?」

「ああ、僕は情報分析専門ですよ。ご心配なく」

 すこし不安に思ったアークが尋ねると、直樹は気分を害した様子もなくにっこり笑って首を傾げた。アークがそうか、と頷いたのを見計らい、カサネが口を開く。

「では、席についてもらっていいですか。さっそく詳細を説明します」

 リアトリスが自分より若いであろう祐未や直樹が気になっているようだったが、アークは長い話になるだろうから、と買い物に行ってくるよう促し、双子が部屋を後にする。ヒースリアは席に着くのが酷く嫌そうだったが、しばらくして諦めたように腰掛けた。
 頬杖をついたままの祐未の横には、先日も傍観者然としていた銀髪の男――テオが座っている。先ほどから一言も口をきかないから、自己紹介する気はないようだった。興味がないのか、あるいは面倒だと思っているのかも知れない。

「アガートラムという組織に関しては、正直なところあまりよく解っていません。解っているのは彼らがリヴェリア国内で魔族を捕らえ、イ・ラルト帝国と金銭取引を行っていること。帝国は恐らく、魔物の統率権や魔石の精製が目的でしょう。これ以上あの国に軍備増強されては厄介なので、早めに手を打ちたいんです。派手に動くと戦争の引き金になりかねませんから、できれば内密に。そのため貴方がたに協力して頂きたいんです」

 祐未が大きなあくびをして、横にいる銀髪男に頭を叩かれていた。直樹がそれを見てクスリと小さく笑う。

「問題は、敵の本拠地も規模もわからないこと。リヴェリア国内にいるのは確かなんですが、私の情報網でもこれが限界でした」

「では、まず敵の居場所を探れと言うことか?」

 カサネの言葉に、テオが横やりを入れる。カサネはちらりと彼の方をみると、表情を変えずに頷いた。

「そういうことになります」

「敵の特徴は? 少なくとも顔の割れている人間はいないのか」

「先日組織の一味と思しき男を捕らえましたが、詳細を聞く前に自殺してしまいました」
「結構なことだな」

 心なしか空気が重たいのは気のせいだろうか、とアークは思う。シェーリオルがカサネの横で苦笑しているから、もしかしたらこれは日常茶飯事なのかもしれない。テオの横にいる祐未は今にも眠りそうだ。

「なら、どうやって敵を捜し出すんです? 無駄な労力は使いたくないのですが、無能でもなんでも動かせる駒はないんですか」

 さも自分が依頼を受けるような口調でヒースリアが言った。カサネが彼のほうを向き、にっこりとわざとらしい笑みを浮かべる。

「なんなら、貴方が動いてはどうですか? 無音」

「殺されたいなら今すぐ殺してあげましょうか?」

 お互いに敬語ではあったが、もうほぼ素のようなものだった。だったら敬語なんかつかうなよまどろっこしいな、といえばすぐに総『口』撃されるだろうから、賢明なアークは口に出さない。
 しかし、テオ・マクニールはアークとは違った。

「無益な口ゲンカをしているより、効率的な情報収集の方法でも考えることだな。ここでは我々の技術は使えないぞ。あんたたちがどうにかするしかない」

「役立たずのわりに随分と胸を張っていいますね。何様ですか? ひ弱なひきこもりみたいな体をして」

 最初に噛みついたのはヒースリアだった。殺しにいかないだけ幾分かマシだろうとアークは考える。考えて、まるで今の自分の思考は真人間みたいだなと思った。

「ほぼ初対面の人間に対する礼儀がなってないんじゃないのか? 口の利き方に気をつけろ底辺階層」

「その言葉はそっくりそのまま貴方に返しますよ。無音も躾のなってない駄犬でもあるまいし、誰かれかまわず噛みつくのはやめたらどうですか? それとも主人のアーク・レインドフに再調教をお願いしますか?」

「もういっぺん言ってみろぶっ殺すぞ女みてぇな顔しやがって」

「だれが女みたいだって?」

「本性が出たな。まったく浅ましい限りだ」

――やだ、なにこの空間!

 アークがそう思ったのも無理はないだろう。嫌な緊張感を孕んだ空気がピリピリと肌を焼き、落ち着かない気分にさせる。この空気の中で始終あくびをしている祐未という少女は、もしかしたらすさまじい大物なのかもしれない。

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