和泉様から「bitter & …?」 その日、街を歩いていた水渚は、いつもとは少し違う空気に内心首を傾げていた。はっきりとは言えないが、道行く人々はどこかそわそわしているようだった。 疑問を深めながらさらに歩を進めていくと、菓子店に群がる少女達の姿が目に飛び込んできた。近寄ってみると、甘い香りが鼻をくすぐる。店から出てくる少女とすれ違い、その手に持つものを横目で確認して、ようやく水渚は得心がいった。 「バレンタイン、か」 興味なさげに呟いて、くるりと店に背を向ける。一歩二歩、歩みを進めてふいにピタリと足を止めた。 何かを考えるように暫し目を閉じて立ち尽くす。次に目を開けた時には、水渚の口元にはうっすらと笑みが浮かんでいた。 ーーーーーー 「千朱ちゃん」 「……んだよ、気味悪ぃな」 振り返った千朱は、ニコニコと――いや、どちらかといえばニヤニヤと笑う水渚の姿を見て、思いきり顔をしかめた。 ご機嫌な様子に嫌な予感しかしない。 「ひどいなあ。せっかくプレゼントを持ってきたのに」 「プレゼント……?」 ますます千朱の顔が不審げに歪んだ。 明らかに警戒するその様子に、水渚はくすりと笑って後ろ手に持っていた包みを差し出す。 「今日はバレンタインだから。チョコレートだよ」 淡い水色の袋に赤いリボン。一見するとごく普通の贈り物だ。少しだけ警戒心を解きながら、それでもおそるおそる手を伸ばす。 「せっかくだから食べてみてよ」 促されるまま袋を開け、丸いチョコレートを一粒取り出した。どうとでもなれ、と一気に口へ放り込む。そして――。 「……っ、にっが……!」 思い描いていた甘さはやってこず、ただただ苦味だけが口の中を満たしていく。かすかに遠くの方で甘さを感じたような気がしたが微々たるものだ。 舌を出して顔をしかめる千朱の前で、水渚は腹を抱えて笑っている。文句を言いたくても今は睨むだけで精一杯だ。 「僕達にはぴったりな味でしょ?」 ひとしきり笑って目尻に浮かんだ涙を拭い、水渚はそう言った。ようやく落ち着いた千朱は、何か言いたげに口を開き、結局は目を逸らして舌打ちをした。 「じゃ、それだけだから。僕行くね」 にこりと笑って水渚は背を向ける。少し歩いて振り返った。 「残しちゃ駄目だからね」 小さく抗議の声が聞こえた気がしたけれど、気にせず笑って歩みを再開させた。 そう。全部食べてもらわなければ困る。 苦い苦いチョコレートの中、たった一粒の甘いチョコレート。 「……僕達みたいでしょう?」 ぽつりと呟いて、水渚は寂しげに微笑んだ。 ------ 和泉様から水渚と千朱でバレンタインSSを書いて頂けました!! 甘くて苦手くて切ない。 萌え過ぎて水渚と千朱のこと以外暫くの間考えられなくなっていました。 甘いだけじゃない二人の関係、苦いけれどその中に紛れている甘さ、和泉様の演出がたまりません!! あぁ水渚と千朱の事を考えると切ないです! この度は素敵なバレンタインSSを有難うございました。 [*前] | [次#] |