市城れい様から「それは、美しく……刃の代わりに。」 突き付けられたのは、冷たい刃。鋭く光るそれに、李真は喉を鳴らした。 ――美しすぎる。 暗い部屋の中、カーテンの隙間から漏れる月明かりに照らされて。それは、妖しく煌く。 「なあ、李真……俺は、」 喉を抉るような、核を裂くような……、心が、どうしようもなく疼いた。 一歩、また一歩と歩を進める彼に、息をするのも忘れていた。否、できなかった。彼が近付くにつれ、酸素を奪われていくような錯覚に囚われたのだ。 押し潰されそうな重圧の中、李真は壁にもたれかかった。肩で息をする李真に気付き、冬馬はおかしそうに喉を鳴らし始める。 目は、笑っていなかった。 「君は、俺のもの……そうだろう?」 「……ええ、」 「だったら……何故逃げる……?」 不安定な彼の心を受け止めてやれるのは自分だけ。逃げているわけではない……ただ、直視できないだけだ。美しく、鋭く……刃のような、それを。 「私は逃げてなど……逃げているのは冬馬でしょう?」 「俺が……逃げる……?」 「そうです。逃げているのは冬馬……貴方の方」 「俺は逃げてなんていない。だからこうして、ここに『在る』んだ」 左胸……ちょうど心臓の上辺りを押さえ、冬馬は薄く笑みを浮かべた。どこか不安定で、虚ろな瞳で……見つめながら。 「まあ、そうでしょうね。貴方が何かから逃げるなんてあり得ない」 「ああ、そうさ。そんなこと、俺自身が許さない。そんなことがあったら、首を引き裂いて死んでやる」 先程とは打って変わって挑戦的な瞳だ。心に揺れがなくなったらしい。だがその言葉は、李真の心を揺らすのに十分な素材となってしまった。素早く相手の懐からナイフを抜き取ると、それを首元に押し付けた。 反動で床に倒れ込み、冬馬は頭を強く打った。李真から放たれる咽返るほどの殺気。それを受けても、冬馬は抗おうとしない。 『李真は俺を殺せない』――。 余裕から来るその態度が、余計に李真を苛立たせた。 胸を掻き毟る、不快な感覚。何がそうさせているのかは分からない、どうしてこんな感情を抱くのか不可解だ。それでも、腹が立って仕方がないのだ。 「……だったら、俺がお前を殺してやるよ。冬馬」 「…………不安なのか?」 その一言に、李真の心は揺れ動いた。 ――図星、だった。冬馬が離れていくのではないか、そんな不安を抱いて……。逃げ出そうとしていたのは、紛れもない自分自身だった。 「君にナイフを向けられるのは気分のいいものじゃないな」 「だから……自分が向ける、と?」 「まあ、そうとも言うかな」 上体を起こしながら、冬馬は李真の左胸に手を当てた。 「君の命は俺のものだ。だから、君は俺が殺す。その時は……」 ――君も俺を殺してくれ。 突き付けられた、鋭く美しい瞳。それは刃の代わりに、李真の心を深く抉った。 珍しく最後まで向けられることのなかったナイフが、今自分の手の中にある。彼の瞳をこの手にしているようで、おかしな話だが……ひどく、落ち着いたのだ。 ------ 同盟にて市城れい様にD×Sの李真と冬馬を書いていただけました! 息をのむような繊細で狂気的な李真と冬馬の物語に、のめり込みながら読んでいました。狂気が完成されたような物語有難うございます。 ちらつくナイフ、不安の影、双方から向けられる愛情…たまりません! 雰囲気や心情が物語や文章の空気を通して如実に伝わってくるようです…!! この度は書いて下さり有難うございます。 [*前] | [次#] |