零の旋律 | ナノ

都神ナナエ様から「Sugar Mountain」


「はいはいはいはい熱測るよこの体温計脇にはさんでねー」

 金糸でできた髪を太陽にキラキラと反射させながら白衣を着た女が言った。アークは大人しく手渡された体温計を脇にはさみ、ベッドの上で上半身だけを起して体温測定が終るのを待つ。その間に白衣の女はてきぱきと素早い動作で自分の仕事を終えていった。自分の職場から持ち込んだ出あろう書類に目を通し、電子末端で何人かと連絡をとりつつ転送されてきた画像や文章を見る。その片手間に大きめのバッグから小さな封筒くらいの紙袋を取りだした。注射器と小瓶に入った薬と、木の棒や四角い綿の切れ端が鈍い銀色の器に並べられ、カチャカチャと音を立てる。
 白衣の下に着込んだYシャツはデザインが精練されているのか女のスタイルが良いのか、見事になだらかな曲線を描いている。胸元のボタンが非常に窮屈そうだが、今の所弾け飛ぶ気配はない。大粒のエメラルドをはめ込んだような瞳は、睫毛が金色のためゴールドの台座にエメラルドをはめ込んだ装飾品のようだ。磁器のように白い肌はところどころ赤みがさしており、すらりとした肢体とアンバランスなほど豊満な胸は白衣より派手なドレスが似合うだろう。娼館で働いていると言われれば納得してしまいそうだ。男の欲望を集めて形にしたらこういう容姿になるのだろう。アークは以前仕事で人形愛好家を殺した事がある。彼の自室は、リリアン・マクニールを小さくしたような人形がずらりと立ち並んでいた。小さな娘が好む人形よりも精巧で美しく、繊細で非現実的な彼のコレクションは周囲から悪趣味と目されていたようだ。いちいち表情や髪型、目の色や胸の大きさまでその日の持ち主の気分で変えられる人形が数百体とあっては無理もなかろうとアークは思う。話はそれたが、とにかくリリアンはそういう意志を持たず、観賞のみに特化した都合の良い置物と同じような美しさを有していた。欲望を一方的に叩きつけられるだけで、頭のてっぺんからつま先まで他人に支配されている、常に微笑むことを強要されたうつろな美だ。
 もっともひとたび口を開けばこの印象は5分以内で完膚無きまでに破壊しつくされるので、本当に『しゃべらなければ美人』という単語がよく似合う。リリアン・マクニールはそういう人物だ。
 アークの耳元でピピピッ、と音がした。白衣の女は音を聞きつけて近寄ると、アークの脇から体温計を抜き取る。
 
「あらー、38度9分ですよ。昨日よりは下がったんだけどねぇー」

 女の言葉にアークが眉をひそめる。

「じゃあもうしばらく寝てなきゃいけないのか」

「もうしばらくもなにも三週間はなにがあっても寝ててもらうよボクちゃん」

 多分にからかいを含んだ言葉にアークはますます眉をひそめた。
 
「仕事ができないじゃないか」

「死んだらもっと仕事できなくなるよ」

「それは困る」

「じゃあ寝てな」

 ニッコリ笑った女がアークの額に冷たいものをぺたりと貼り付ける。先程小さな封筒から出してきた布のようなものだ。
 
「ひえピタは万能でいいねー! 今すりおろしリンゴつくってやるからそれ食ったら薬飲んで寝なー」

「わかった」

 アークが頷くと、女は笑ってキッチンのほうへ消えていった。
 名前をリリアン・マクニールという彼女は、レインドフ御用達の治癒術師、ハイリのピンチヒッターとして呼ばれた異世界の医者だ。正確には医学研究者らしいが、説明を受けた際既に熱で頭の機能が低下していたアークは違いの把握を放棄していた。なので、とりあえず風邪を治す人、という認識で医者と呼んでいる。
 先日三日三晩働いた後土砂降りの中でねこけていたアークは、ヒースリアが発見・保護した時には当然のごとく風邪を引いており、仕事中の怪我を治したハイリが『ほかに仕事が入ってるのにお前の風邪まで面倒みてられるか』と言ったので、交流のある祐未という少女が紹介してくれたのがリリアン・マクニールだった。
 アークがぼんやりと窓から花壇を見ていると、しばらくしてリリアンが部屋に入ってくる。手には小さな器を持っていた。
 彼女はアークの寝ているベッドの横へ椅子を引き寄せ腰掛ける。すりおろしたリンゴをスプーンにのせるとアークの口元に突き出した。
 
「はいじゃああーんしてねー」

 アークが言われたとおり細かくなったリンゴを口で受け取ると、すぐ次の分が口元に運ばれる。鳥のヒナのように少しづつ分け与えられ、すべて食べきったあとは袋に入った粒剤とコップに入った水を渡された。
 
「はい、これ飲んでね」

 言われたとおり水で粒剤を押し込むと、口に酷い苦みが広がる。
 
「錠剤にしてくれればいいのに」

 苦言を呈するアークに、リリアンがニヤリ笑って答える。

「その袋に入ってる分の粒剤を錠剤にしようとおもったらね、とってもおっきくなっちゃうの。たぶん飲めないと思うよ。知ってた?」

「……知らなかった」

 文字通り苦虫を噛み潰したような顔をするアークの横で、リリアンは注射器に液体を入れている。それから空気を抜くため中の液体をすこし押し出して、クルリとアークに向き直った。
 
「はいじゃあボクちゃん、腕出してねー!」

 アークが素直に腕を出すと、血管に薬品が注入される。アークはそれを見つめながら、どうせ注射するならさっきの飲み薬も注射でできないのだろうかと考える。
 注射器の中の液体がすべて体内に吸収されると、傷口を消毒されて四角い綿の固まりを貼り付けられた。それからポンポンと腕を軽く叩かれる。
 
「これで明日熱が下がってたら、明日はおかゆにしようねー」

「やっと食事っぽくなるのか」

「熱が下がったらねー」

 リリアンが使い終った注射器を袋に入れ、バッグにしまいなおす。アークは視界の隅でゆれるカーテンを見つめ、ふと思いついた。
 
「そうだ、あんたここで料理人として働かない? この前の奴殺してからそのままなんだ」

 リリアンが電子末端から目を離さずに応えた。

「そんな物騒なとこで働いたら旦那に怒られちゃう。あと私医者」

 取り付く島もない。アークは身体をベッドに横たえる。ボフン、と軽い音がした。

「そっかー……」

 リリアンが音に気づいて顔をあげ、
 
「もうちょっとゆっくり横になりな」

 と注意してくる。アークは
 
「わかった」

 と軽い調子で応えた。また電子末端を弄り出すリリアンを見て、アークはパチリと瞬きをする。
 
「ところでなんで俺のこと『ボクちゃん』って呼ぶんだ?」

「私より年下だから」

「お前、年いくつ?」

「26。3才年上」

「へー……」

 アークはまたパチリと瞬きをした。
 
「そんな年上でもなくないか。だって俺が23で……」

「いいからもう寝な」

「えー……」

 寝かしつけるジェスチャーをされてしまったので、今度こそアークは、早く仕事に復帰するためにも大人しく寝ることにした。




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都神ナナエ様に、アークとリリアンさんのコラボを書いて頂けました!!

土砂降りの中寝てたから風邪を引いた自業自得なアークの看病に来て下さったリリアンさん!!看病がて慣れていて流石お医者さん!
暫くの間アークはヒースたちにボクちゃんと呼ばれて過ごしそうです。ボクちゃんとか面白いネタを見逃すはずがないので^^
そしてアークは暇でなのがリリアンさんへの会話で伝わってきます、暇なのは自業自得だけど。

この度は素敵なコラボ小説を有難うございました。

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