零の旋律 | ナノ

V


深い傷を負った男は切り裂かれた衝撃でその場に倒れ込み、術も自動的に解除されたらしく頭上に浮かび上がっていた魔法陣は跡形もなく消滅した。
次いでユトナと同じく逃亡者を追跡していた騎士達も遅れてこの場に到着し、光景を目の当たりにするなりすぐに現状を理解すればあっという間に逃亡者を拘束してしまった。
その迅速な対応は流石と云うべきか。

一方、無事に任務を遂行したユトナは手にした双剣を鞘に収めると、逃亡者を上手い具合に撃退出来た事に喜びを覚えつつふと一つの疑問が浮上する。

「なーんだ、大した事ねーじゃんかちょっと期待外れだったな。…にしても、何で奪い取られた筈の体力が元に戻ったんだ…? まぁいっか、考えても分かんねーし」

割とあっさり考える事を放棄したようだ。
すぐさまユトナの意識からその疑問は追いやられてしまい、代わりに脳裏を過ぎるのは奈月の事。
ハッとなって顔を上げれば、すぐさま奈月の傍へ駆け寄った。

「なぁオマエ、大丈夫だったか? どっか怪我とかしてねーよな?」

「…うん、多分大丈夫だと思う」

「そっかー、良かったぜ……ってオイ、その包帯どーしたんだよ!? やっぱ怪我したんじゃねーか! ちゃんと手当てして貰った方が良いぞ?」

奈月の返答にホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、奈月の腕に巻かれている包帯に気付いたらしいユトナはすぐさま表情を一変させる。
恐らく先程の男に襲われた際に負った傷だと信じて疑わないようだが、それは奈月がこの世界に来る前からすでに包帯を巻いており今回の事件とはまるで無関係。
奈月もユトナに勘違いされている事に気付いたようで、自らに巻かれた包帯を一瞥すれば、

「…何か勘違いしてない? これは此処に来る前からすでに巻いてたし、そもそも君には関係ない話でしょ」

「関係あるとかねーとか、そーいう問題じゃねーだろ!? 怪我してる奴がいんのにほっとけるかよ」

奈月の顔に浮かぶのは、確かな拒絶の色。
──中途半場な優しさなら、いらないから。
信じてしまったら…誰かに寄りかかってしまったら、その人を失ってしまうのが何より怖くなるから。
だから、安易な気持ちで自分に近寄らないで。
どうせ自分の事を本当に愛してくれる筈も無い癖に。

だが、奈月の心の中に渦巻くどす黒い感情など露知らず、ユトナは先程よりも声を荒げて必死に訴えかける。
勿論、怒っている訳では無く、純粋に奈月を心配しての事だろう。

まさかそんな反応が返ってくるとは微塵も思っていなかったらしい奈月は一瞬呆気に取られて目を丸くするも、すぐに我に返って素っ気なくこう返答した。

「…とにかく、僕なら大丈夫だから。余計な心配なんていらない。…じゃあね」

一方的に会話を打ち切ろうと一気に捲し立てれば、ユトナの横を横切ってその場から立ち去ろうとした…のだが。
不意にユトナに腕を掴まれてしまい、反射的に足を止めてしまう羽目になる。

「ちょっと待てって、オマエ1人で大丈夫かよ? なーんかほっとくと危なっかしい気がすんだよな。つーかこの辺じゃ見ねー服着てるよな、どっから来たんだ?」

「さぁ…僕にもよく分かんない」

「へ? 何だよそりゃ。もしかしてオマエ迷子か? だったら尚更1人にしておけねーよ、オレも一緒に行ってやるからさ」

「僕は迷子じゃないし、そもそも何で君がついてくる必要があるの?」

「だから言ってんだろ、オマエ何か危なっかしくて1人にしておけねーって」

奈月の都合などお構いなし、ずいずい距離を縮めてくるユトナに若干の戸惑いを覚える奈月。
誰にも踏み込まれたくなくて荊の柵を作ったのに、ユトナはそれをものともせずにずかずかそれを踏み越えてやってくるのだから、ある意味質が悪い。

──どうせ、目の前にいるこいつだって、僕だけを見てくれる訳じゃない、僕だけを愛してくれる訳じゃない。
だったらいらない、僕には必要無い。
もし、こんな問いかけをしたら、きっと今までの連中と同じような答えを出すに決まっている。

「……一つ、聞いてもいい?」

「ん? 何だよいきなり。オレに答えられる事なら別にいいけど」

「ねぇ…君は僕を愛してくれる? ずっと一緒に居てくれる? 僕から離れたりしない?」

突如そんな問いかけを投げ掛けられるとは予想だにしなかったのだろう、ユトナと言えば驚いた様子で鳩が豆鉄砲食らったような顔をぶら下げるばかり。
けれど、すぐに我に返ったユトナが導き出した返答は、それこそ奈月が思いもよらなかったものであった。

「どーしたよオマエいきなり? あー…もしかして友達いねーのか? 迷子で友達いないとか色々大変だなぁ、だったらオレが今日からオマエの友達な!」

「……っ、…変な人」

…本当に、変な人。今まで会ってきた人達の中で、誰よりも。
一方、いきなり変な人呼ばわりされて癇に障ったのか、ユトナは不満げにむくれてみせた。

「オイコラ、誰が変な人だよ。それを言うならオマエだって割と変だろーが」

「…そうだね、僕が変だっていうのは、否定しないよ」

「ケッ、否定されねーってのはそれはそれでムカつく」

しれっと言ってのける奈月に、さらに不満げに眉間に皺を寄せるユトナ。
どちらも滅茶苦茶な理論だが、彼らにとってそんな事は取るに足らない事。

…と、そんなやり取りをしていた所で、不意にユトナの腹の虫が鳴き始める。
思わずお腹を摩りつつ、そういえばまだ食事をしていなかったと今更ながら思い出したユトナの頭の中は、先程のやり取りは一気に吹き飛び食べ物の事で一杯になった。

「あー腹減った、メシでも食いに行くか。そういやオマエはメシ食ったのか? 腹減ってねーか?」

「…別にお腹も空いてないし、食べたくない。一日一食あれば充分だし」

「はぁ!? 一日一食とか絶対無理だろ、腹減って力出ねーだろ!? そんなんじゃいつかぶっ倒れちまうぞ? やっぱ一緒にメシ食いに行こう、決定な」

「だからいらないってば」

「遠慮すんなって、何ならオレが奢ってやるよ。そうそう、美味いレストランがあんだよ、オレが案内してやっからさ」

「遠慮とかそういうんじゃないんだけど」

「よーし、そうと決まればしゅっぱーつ!」

「…あのさ、人の話全然聞いてないでしょ…」

奈月の話を聞いていないのか、それともユトナなりの滅茶苦茶な解釈で勝手に話を進めているのか、どうにも話が噛みあわない気がしてならない。
あくまでマイペースを貫くユトナは奈月の非難の声も何処吹く風、奈月の腕を引きながら半ば強引に街の表通りに向けて歩み始めた。

やろうと思えば無理矢理ユトナの腕を振り払ってその場から立ち去る事だって出来る筈なのに。
それをしない自分を不思議に思いつつ、けれど脳裏の片隅にそんな自分の行動に対する答えがひっそりと浮かんでいて。

「…しょうがないから、付き合ってあげる」

ポツリと奈月の口から零れ落ちた声がユトナの耳に届いたか否か…それは知る由も無かった。


END.



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天空様のサイトが170000hitを迎えられた記念企画に参加させて頂き、天空様宅の創作世界に、奈月をトリップさせて頂きました!

ユトナちゃんのぐいぐいと引っ張っていく感じや、奈月とユトナのかみあっていない会話に萌えてました。特に最後の奈月の「…しょうがないから、付き合ってあげる」言葉が凄く好きです。
奈月が最初に閖姫を求める所や、ユトナちゃんが颯爽と騎士として現れるかっこよさ、怪我を心配してくれたりと美味しいシチュエーション盛りだくさんで有難うございます。
この度は170000hitおめでとうございました。

素敵なコラボ小説を有難うございます。

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