T 「はあぁぁ!? ソレ本当かよ?」 此処はフェルナント国騎士団、詰所。 大勢の騎士達でごった返す中、ユトナの驚きと苛立ちが入り混じったような声が響き渡った。 「…うん、上から報告があったみたいだから間違いないよ。先日捕まえた凶悪犯が地下牢から逃亡したらしい」 「やべーじゃんソレ、つーか何簡単に逃げられてんだよ、確か妙な魔術使うとかでくれぐれも気を付けろとか言ってなかったっけか?」 「う〜ん、魔力を封じる呪具をつけさせてたらしいけど、多分封じ切れない程の力があったって事なんだと思うよ。現に、警備に当たってた騎士達が皆倒れてたって」 騎士団では手配されている危険人物や犯罪者を捕獲、監視する任務も請け負っているのだが、どうやらかなり厄介な事が起きたらしい。 上から報告を受けて詰所に伝言に来たらしい騎士の焦りを孕んだ表情を目の当たりにすれば、一刻の猶予も許さぬ状況である事は火を見るより明らか。 その緊張感が伝わったのか、ユトナの顔にも困惑の色が浮かんでいた。 「で、どーすんだよそいつ?」 「他の部隊はもう動き出してるみたいだ。まだそんなに遠くには逃げてないだろうからって。それから、俺達の部隊にも同じように逃亡犯を速やかに探し出して確保せよ、って命が出てる」 「よっしゃ、腕が鳴るぜ。そいつさっさととっ捕まえりゃいーんだろ? 楽勝楽勝」 高を括っている…というよりは、純粋に楽天的な性格故の発言なのだろう、久し振りに派手に動ける任務とあって不謹慎ながら口元には新しい玩具を手にした子供のような笑みを浮かべる。 そんなユトナの様子を横目で見遣りつつ、心底呆れ果てたような溜め息を零すのは先程の騎士だ。 「…はぁ、全く…騎士達の警備を突破して逃げ出すって事は、相当厄介な人物だよ。だからくれぐれも気を付けて、それから逃亡犯の操る魔術には充分注意して…」 「とりあえず街中探し回りゃ、まだ居るかもしんねーな、さっさと行くぜ!」 「だーもうっ、人の話は最後まで聞いてくれよ…」 騎士の忠告など何処吹く風、準備運動でもするかのように腕をぐるぐる回したかと思えば、まるで鉄砲玉のようにその場から駆け出すユトナ。 彼女を1人にしておいたら危なっかしくて放っておけないと、騎士も慌ててユトナの後を追った。 ◆◇◆ 「……? 何、此処…?」 見覚えのある景色…決して変わる事の無い、逃げ出す事の出来ない世界が一変し、代わりに広がるのは初めて目にする光景。 恐らくは何処かの街の裏路地だろうか、人気はほとんどなく寂れた場所だ。 そんな場所に突如姿を現した、一つの人影。 此処に迷い込んできた、とか彷徨い歩いていたら此処に辿り着いた…というよりも、唐突にその場に姿を現したような、まるで空間が切り取られたような感覚に近い。 鮮やかなピンク色の髪が微風に遊ばれ僅かに揺らめき、困惑と驚愕が入り混じったような表情を浮かべるその人物の顔立ちは中性的で線が細く、一見しただけでは性別さえも分からない。 この人物、名を奈月といった。 「変だな…学園の外に出られる筈無いのに」 キョロキョロと辺りを見渡せば、自分が未知の世界へと迷い込んでしまった事は明白。 けれど、奈月にとってそんな事はどうでも良かった。 学園から出られようが、世界がどうなろうが…それこそ世界が崩壊しようか災厄が訪れようが、奈月の心を揺らがせる要因には成り得ない。 「閖姫は…? 閖姫はいないの…?」 奈月の口から紡ぎ出されるのは、彼が誰よりも信頼を置き誰よりも大切な存在。 その異常な執着心は、依存していると言っても過言では無かった。 幾ら大切な人の名を呼ぼうとも、辺りを見回してみようとも、奈月が熱望する人物の姿は一向に現れず。 奈月が心が少しずつ混乱に蝕まれていくのに、さして時間はかからなかった。 「どうして閖姫がいないの…? どうしよう、閖姫がいなくなっちゃったら、僕は…」 今にも消え入りそうなか細い声で呟けば、手にしたぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる奈月。 …と、不意に奈月の背後から聞き覚えの無い声が降り注いだ。 [*前] | [次#] |