零の旋律 | ナノ

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「…ふぅ、上手く行ったようですね。それにしても…この私を囮にするとは、流石若殿と言った所でしょうかね?」

ぬいぐるみが動かなくなった事を確認してから、ロゼルタの眼差しは自分の背後に居るシェーリオルへと向かう。
先程光の槍を放ったのは、おそらくシェーリオルのようだ。

「悪いね、囮にするつもりはなかったんだが…お陰で予想以上に上手く行ったよ。…ま、ロゼルタなら避けてくれるだろうとは思ったけどね」

一応謝罪の言葉を口にしてはいるものの、気さくな口調と掴み所のない飄々とした態度のせいでまるで申し訳なさそうに聞こえないのは最早気のせいではあるまい。
普段、ロゼルタは立場上常に相手からは気を遣われ、ある意味では腫れ物に触れるような扱い方をされている為か、シェーリオルの態度は何処か新鮮に見えて…それに、嫌な気持ちどころか何処か嬉しさも感じているのは何故だろう。

「いてて…くっそ、あのくまとんでもねー馬鹿力出しやがって…」

「おや、ユトナも無事でしたか。見ての通り、それなら倒しましたから」

くらくらする頭を抱えながらふらつきながらも2人の傍へ歩み寄るユトナに、事も無げに言い放ち顎で元の大きさに戻ったぬいぐるみを指し示すロゼルタ。

「おっ、すげーじゃん2人共。よっしゃ、これでもう遊びは終わりだぜ。アリス…だっけ? オマエも気がすんだだろ? とっととオレ達を元の世界へ帰せよ」

ロゼルタとシェーリオル、2人を感心したように見遣ってから、仁王立ちしてふんぞり返りながら動かなくなったぬいぐるみの傍で項垂れるアリスにビシッと人差し指を突き立てるユトナ。
アリスといえば一同の声にも無反応で愛おしそうに風穴が空いたぬいぐるみを抱き締めて俯いていたが、やがてゆっくりと頭を上げる。
その双眸は燃え上がる憤怒に支配され、しかしながら全てを凍り付かせるような絶対零度の冷え切った眼差しは、射抜いた者の魂さえ容易に貫いてしまいそうで。

「ひどい…ひどいひどいっ! アリスの大切なくまちゃんに何するの!」

「いや、何するも何も、襲ってきたのはそっちが先だろーが。つーか、下手すりゃオレ達の方がそのくまみてーな事になってたかもしんねーんだぞ?」

「くまちゃんはお兄さん達とあそんでただけだもん! それなのにひどい!」

自分達の事は棚に上げておいて何を言い出すんだ、とでも言わんばかりに非難の声を上げるユトナであるが、アリスの心に響く事は無く。
そんなやり取りを遠巻きに達観していたシェーリオルが、半ば諦めきったような声を零す。
勿論、その声色には最早やってられん、という感情を孕んでいたが。

「子供に理屈は通用しないよ。それに、あくまで向こうはじゃれてきたってスタンスなんだろ」

「…と言いますか、そんな事はどうでもいいですからさっさと私達を元の世界に戻して欲しいのですがね。これ以上子供の遊びに付き合っていられる程、私達も暇ではないので」

もういい加減にしてくれ、とでも言いたげなロゼルタの表情は、呆れと僅かな苛立ちに支配されていて。
だが、子供の癇癪に大人の理屈や都合はまるで通用しなかった。

「お前らなんかだいっきらい! みんなどっかいっちゃえ!」

アリスの叫び声に呼応するかのように、一同の身体が淡い光に包まれる。
一体何事かと思考を巡らせるより先に、視界が反転──強烈な光の渦に飲み込まれていくような感覚に襲われる。

「──…、此処は…」

気が付いた時には、先程の少女趣味な城は消え失せ、その代わりシェーリオルの視界に広がるのは見慣れた景色。
未だぼんやりする頭を軽く振ってから改めて辺りを見渡せば、ようやく彼の脳裏に過ぎる一つの結論。

「もしかして…此処はリヴェルア…か?」

見慣れた光景は間違いなく、シェーリオルが暮らしていた世界──王都リヴェルアに相違なかった。
ようやく自分は元の世界に戻ってこれたのだと少しずつ実感を手にする。

「それにしても、随分呆気なかったな。せめて、あの2人に挨拶くらいしたかったんだけど」

「うー…何だったんだよあの強烈な光は。あれ? 何だ此処?」

「どうやら、別次元に抜けられたようですが…」

シェーリオルの耳に飛来する、つい先程聞いたばかりの複数の声。
出来れば空耳であって欲しい、そんな儚い希望は、彼が振り返った先に広がっていた光景のせいで無惨にも砕け散った。

「ロゼルタに、ユトナまで…! 何で君達が此処に居るんだ?」

「何でって、そんなんオレらが聞きてーよ。んで、リーシェは此処が何処だか知ってんのか?」

「知ってるも何も…俺が住んでいる王都だよ」

「げ、マジかよソレ!?」

シェーリオルの視線が捉えたのは、迷子の子供のように訳も分からず辺りをキョロキョロ見渡すロゼルタとユトナの姿。
2人も、そしてシェーリオルでさえ全く想像つかなかった事態に、茫然とするばかり。

「全く…アリスと云う少女、とんでもない事をやらかしてくれましたね。まさか、私とユトナまでリーシェ王子の済む世界へ飛ばすとは。こんな事になるなら、腹立ち紛れにあのぬいぐるみだけでなくアリスという少女にも少々痛い思いをさせるべきでしたか…」

「ちょっ、オマエしれっと物騒な事言うなよ」

顎に手を当てながら苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ物騒過ぎる発言をかますロゼルタに、すかさず突っ込みを入れるユトナ。

「なーなー、この街ってどんなモンがあんだよ? 折角だし、リーシェが暮らしてる街探索してみてーな。案内してくんねーか?」

「ああ、構わないよ。どうせなら、城内にある俺の部屋に案内しようか? 色々あって疲れたし、君達もゆっくり休みたいだろ」

「いやいやいや、こんな状況なのに何2人で和んでるんですか」

非常事態だというのに、何時の間にやら和やかムード全開なシェーリオルとユトナのやり取りを見るや否や、ロゼルタも突っ込みをせずにはいられない。
その直後、突如現れた時空の歪みにより無事ロゼルタとユトナは元の世界に帰る事が出来たのだが、折角リヴェルアを探索しようとしていたユトナが若干残念そうにしていたのは、言うまでもない。


END.
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天空朱雀様のサイト8周年記念企画に参加させて頂きまして、異世界トリップコラボを書いて頂けました!ユトナさん&ロゼルタさんとシェーリオル(F)のコラボです。

ロゼルタさんとシェーリオルの腹黒王子コンビや、ユトナちゃんの一直線さが凄く素敵です……! ユトナさんとロゼルタさんのやりとりが楽しくて、二人のやりとりなら一日ずっと聞いていても飽きなさそうです。
シェーリオルがロゼルタさんを囮にしたときは思わず王子様囮にしちゃダメだろ! ロゼルタさんの方がシェーリオルより偉いよ……! 同じ王子だけど! と思わず笑いながら叫びそうになりました。

8周年おめでとうございます&素敵な小説を有難うございました。

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