X 「アリスにもよくわかんない…。いきなり此処に閉じ込められちゃったの。アリスはただ、みんなといっしょに遊びたかっただけなのに…。だからね、ずっと1人じゃさびしいから、ここにいろんなお友達を呼んだの。前のお友達とは鬼ごっこしたんだけど、必死につかまえようとしてちょっとやりすぎちゃったらそのお友達動かなくなっちゃった。ニンゲンってもろいんだね」 何の悪意も無い、天使のような無邪気な微笑みを浮かべながらそう話す少女に戦慄さえ覚えたのは、最早気のせいでは無いだろう。 無邪気な狂気…そういったものが本当に存在するのかと、3人は背筋に冷たいものが通り抜けるのを感じた。 「何なんだよコイツ? よく分かんねーけど、かなりヤバくねーか?」 「今の話を推測すると…この子は人間とはまるで異なる種族で、強大すぎる力を持っているんだろう。そのせいで、おそらく此処に封印された。でも、1人だけの空間に耐え切れずに異空間から俺達と同じように誰かを召喚したんだと思う。そして、俺達の他に誰もいない、そしてこの子の話からして此処に召喚された人達は皆…」 シェーリオルはそこまで言いかけて、言葉を紡ぐ事さえ憚られるのか口を噤んでしまった。 だが、それも無理は無いだろう。 今まで此処に連れてこられた人々の末路はそのまま、今後の自分達にも当てはまる可能性が高いのだから。 「今回はかっこいいお兄さんと気が合いそうな女の子がきてくれて良かったー! ねぇねぇ、アリスとあそぼ?」 にっこりと満面の笑みを浮かべて小首を傾げるアリスであるが、彼女のペースに飲まれてはいけない…と3人の脳裏に警鐘が鳴り響く。 しかし、当の本人はそんな事など露知らず、一同の返答も待たずに無理矢理話を進める。 「…あ、この子とあそんであげて? この子もたいくつだって言ってるから」 そう言うなり、大事そうに抱き締めていたくまのぬいぐるみを翳してみせるアリス。 訳が分からずきょとんとする一同の視界に映り込んだのは、目を疑うような光景であった。 ぬいぐるみがみるみるうちに大きくなり、気が付けば数メートルの巨体へと姿を変貌させたのだ。 しかも、けたたましい咆哮と共に開いた口から覗くのは、骨まで砕いてしまいそうな程の鋭い牙。 「おーっ、ぬいぐるみがでっかくなったぞ! 何かスゲーな!」 「…この状況でそんな感想を口に出来る貴方がある意味凄いですよ、別の意味で尊敬しますよ」 面白そうな玩具を目の前にした子供のように目をキラキラさせるユトナの傍らで、若干の嫌味と皮肉を込めたロゼルタの呟きが零れる。 本来ならば、死神の鎌を首筋に突き付けられるような…そんな緊迫した状況である筈なのだろうが、どうにも緊張感が湧き上がってこないのは何故だろうか。 「やっぱでかくなってもぬいぐるみはぬいぐるみだし、可愛いよなー」 「確かに見た目に惑わされそうだけど、決して油断は……ユトナ危ないッ!」 完全に気を抜いていたユトナの耳に飛来するのは、シェーリオルの叫びにも似た声。 声がユトナの耳に届くや否や、咄嗟に伸ばした彼の手はユトナの腕を掴み、そのまま自分の方へと思い切り引き寄せる。 ──刹那、今までユトナが居た地面がクレーターのように深々と抉り取られる。 もし、シェーリオルが咄嗟にユトナの腕を引かず、その場に留まっていたならば──想像するだけでも背筋に冷たいものが通り抜けるのを感じた。 「わりぃ、ありがとな、リーシェ。…にしても、あんな馬鹿力とはなーあのくま」 ユトナの視界に映り込むのは、深々と抉り取られた地面と──そんな無惨な姿に変えた張本人であるくまのぬいぐるみの姿。 たかが一撃でこれ程の威力を易々と発揮してみせるのだから、見た目に騙されてはいけないとはまさにこの事だ。 「大丈夫そうで何よりだよ。それにしても、何より厄介なのは…向こうはあくまでじゃれてる程度にしか思っていない所だな」 シェーリオルの視線の先には、ぬいぐるみとそれを操る少女の姿が映る。 彼女にとっては、あくまでお遊びの一環なのだろう。 勿論、こんな物騒な遊びには一切関わりたくもないし出来れば無視して通り過ぎたい所だが、そうはいかないのが厄介の種である。 [*前] | [次#] |