零の旋律 | ナノ

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この扉さえ開けば、元の世界へ帰る事が出来る──…そんなユトナの淡い希望は、この直後に無惨にも砕け散る羽目となる。
観音開きの扉を勢いよく開けた先に広がっていたのは、何も無い…虚空の世界。

「……っ!? なっ…何だよコレ!?」

言うなれば、この摩訶不思議な城が漆黒の亜空間の中にぽっかりと漂っている…といったところか。
出口どころか、さらなる迷宮に迷い込んでしまいそうで。
流石のユトナもこれには第六感が働いたのだろう、驚愕のあまり息を飲みながらも何とか扉を閉めようとしたのだが。
勢いよく身を乗り出したせいで、扉を閉めるどころか自らの身体さえもバランスを崩して亜空間に飲み込まれそうになってしまったのだ。

「うわ、やべぇっ…!」

「ユトナ、大丈夫か!?」

不意にユトナの背後から焦りを孕んだ声が飛来したかと思えば、強い力で腕を引っ張られ半ば強引に城へと連れ戻される。
…と同時に声の主──シェーリオルがすかさず巨大な扉を閉めたのだ。

「ふぅ、あっぶねー…。ありがとな、助けてくれて」

「いや、無事で何よりだよ。それにしてもまさか、城の外にあんな亜空間が広がっているとは…」

一気に気が抜けたのかその場にへなへなと座り込むユトナをよそに、彼女の無事を確認するとホッと胸を撫で下ろすシェーリオル。
ユトナの勇敢とも無謀とも言える行動で、一つ大きな確信を得る事が出来た。それは──…

「全く、だからいつも考えて行動しろと言っているでしょう? 貴方には前に進む以外の選択や思考回路は無いのですか」

「ケッ、いちいちごちゃごちゃ考えるなんてめんどい事、誰がすっかよ。こっちは大変な目に遭ったってのに、相変わらず嫌味かよオマエは」

やれやれ、と嫌味たっぷりに溜め息を零してみせるロゼルタに、ユトナもつい悪態をついてしまう。
だが、ユトナの反論などほとんど耳には入っておらず、ロゼルタの興味は眼前に広がる巨大な扉のみに注がれた。

「…まぁ、ユトナの無謀な行動も、まるで意味が無かった訳ではありませんがね。どうやらこの城は、何処の世界にも属さない亜空間を漂っているのでしょう。そうなると、元の世界に戻るのはかなり骨が折れるでしょうね」

「……ふふっ、このお城に来たら、もう帰れないんだよ?」

3人の誰とも違う…あどけない、無邪気な可愛らしい声が辺りに響き渡る。
つい先程まで、此処には3人しかいなかったというのに…突如飛来した鈴の鳴るような声に、一同の回りを取り巻く空気が一瞬にして張り詰めたものへと変わっていく。

反射的に、3人の視線はただ一点──声の主へと注がれる。
見れば、まだ幼さを顔に残した、フリルをあしらった黒いワンピースを身に纏った少女の姿がそこにはあった。
何の前触れもなく…まさに神出鬼没とはこの事か。

少女は笑う、無邪気に笑う。
顔に貼り付いたようなその笑顔は、底が知れぬような…何とも言えない不気味ささえ孕んでいた。

「…何だ、探す手間が省けたね。君がこの城の城主だな? 何故こんな所にこんな城があるのか、俺達を此処に呼び出したのか…そして君は何者なのか、説明して貰いたい所だ」

相変わらず警戒心を緩める事は無く、されど何時もの調子を崩す事なく淡々と質問を並べ立てるのはシェーリオルだ。
すると、少女といえば抱きしめたくまのぬいぐるみに顔を埋めつつ、久し振りの話し相手に巡り合えてわくわくと瞳を輝かせながらこう答えた。

「えへへっ、このお城ステキでしょ? アリスが創ったの。だって、なーんにもないところだったからつまらなかったんだもん。それに、アリスはアリスだよ?」

「…へ?こんなちっこい女の子が? マジかよ」

もっと凶悪な魔物や得体の知れない怪物を想像していたらしいユトナは意外と言うより拍子抜けしたらしく、呆気に取られたように目を丸くする。
しかし、シェーリオルの眼差しは未だに深い警戒の色を示していた。

「あまり油断しない方が良い。この子…只者じゃない」

今まで、人間よりも強い魔力を保持する魔族とは何度か対峙した事はあるものの、此処まで強大且つ押し潰されそうな程重苦しい魔力を感じたのは初めてだ。
だからこそ、目の前の少女──アリスの深層に沈む狂気に強い警戒を示したのだろう。

「では、お聞きしますが…何故貴方はこんな所に独りで居るのです? 此処から抜け出せない理由でも?」

ロゼルタもまた、相手が幼い少女という事で努めて穏やかに振る舞いつつ、さらに疑問をぶつける。
すると、少女は少し悲しそうに目を伏せながらこう答えた。


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