零の旋律 | ナノ

U


「…いや、しらばくれる以前の問題で、君の言っている事の意味がよく分からないんだが…」

「ホント諦めの悪いヤツだな。だったらはっきり言ってやるよ、オマエがオレ達をこんな意味不明な空間に呼び寄せた張本人なんだろ!?」

──嗚呼、成程。一体何を勘違いしているのかと思えば、そういう事か。
ようやく合点がいったらしいシェーリオルは心の中で納得すると同時に、新たに生まれたこのややこしい誤解をどうやって解けばよいものかと軽く頭痛を覚える。
チラリと少年の方へと視線をずらせば、相変わらず鼻息荒く今にもシェーリオルに掴み掛らんばかりの勢いで、冷静に彼の話を聞いてくれそうとは到底思えない。

「成程、俺をその犯人と勘違いしていた訳か。残念ながら、俺は犯人どころか…多分、君と同じ立場の者だと思うよ」

それでも否定しない訳にはいかないと、自分も少年と同じ立場である事を相変わらず落ち着き払った口調で説明してみせる。
だが、少年と言えば訝しげに眉をしかめるばかり。

「勘違いも何も、オマエが犯人なんじゃねーのか? 大体、オマエの他にこのワケわかんねー空間に誰もいねーじゃんか。 …って、オレと同じ立場ってどーいう意味だよ?」

「俺も此処に誰かいないか探していたところではあるけど…確かに、今の所君以外に誰もいなかったな。でも多分、犯人はこの空間の何処かに必ず居る筈だ。…ん? だから、そのままの意味だよ。俺も、何者かの力によって此処に飛ばされてきたんだ」

「……へ? どういう事だよソレ…」

「…ユトナ、その辺にしておきなさい。どうやら、彼の言葉に嘘偽りは無いようですよ」

不意にユトナと呼ばれた少年の背後から、落ち着き払った低い声が響き渡る。
反射的に2人がそちらに視線をずらせば、視線を一手に浴びているにも関わらずにこやかな表情を一切崩さない青年の姿があった。

「は? じゃあコイツは一体何だってんだよ?」

「ですから、先程彼が仰った言葉が真実なのでしょう。彼もまた、私達と同じく被害者なのだと思いますよ。…でしょう?」

「ああ、君の言う通りだよ。俺もいきなりこんな所に飛ばされて困ってたんだ」

眼鏡の奥から覗かせる、左右で色の違う双眸は底の知れない、そして相手の瞳を絡め取って離さないような不気味ささえ感じられて。
それでも、先程の少年よりは話が通じそうな相手が現れた事に、シェーリオルは内心ホッと胸を撫で下ろす。

シェーリオルの返答に青年と言えば満足そうな微笑みを浮かべてから、今度は少年へと視線をずらした。
頭を微かに動かした為、サラリと彼の絹糸のような青紫色の長い髪が揺らめく。

「全く…貴方は勘違いも甚だしいですよ。思考回路が野生動物並みですね。人間に進化したければ、もう少し考えてから行動する、という事を学んだ方が宜しいですよ? 貴方1人が痛い目を見るだけなら未だしも、私にまで火の粉が降りかかるのは御免ですから」

「なっ…誰が野生動物だゴルァ! 何でオマエはいちいち癇に障るような言い方しやがるんだっつの!」

「おや? 私は事実を申し上げたまでですが。それに、私に噛み付く前に彼に謝る方が先決だと思いますよ? 犯人と間違えた上、ダガーを投げつけたのですから」

青年の眼差しは、再びシェーリオルへと向かう。
どうやらこの2人は知り合いなのだろう、とか随分と賑やかな2人だ、などとぼんやりと考えていたシェーリオルにとっては寝耳に水であったが、思わず自分の方を指差す。

「あ…まぁ、その何だ…さっきは悪かったな。つーか、オマエの事犯人だと信じて疑わなかったんだよ」

「いや、別に気にしていないからいいよ。流石に、いきなり背後からダガーが飛んで来たのは驚いたけど…」

今となっては別にどうでもよい事だし…と心の中で呟きつつ、爽やかな微笑みを浮かべるシェーリオル。
すると、少年はさらにシェーリオルに詰め寄りながら、念を押すようにこう食い下がる。

「ホントのホントだな?」

「ああ勿論。それに、今はそんな事気にしてる場合じゃないし」

「……なーんだ、オマエ以外と良いヤツなんだな! 嫌味もねーし何か爽やかだし。…ったく、そこの嫌味王子も少しは見習えってんだ」

シェーリオルのあっけらかんとした返答は少年にとっては意外な反応だったようで一瞬目を丸くしたものの、すぐに安心したのかへらっと人懐こい笑みを浮かべてからばしばし彼の肩を叩いてみせる。

「俺が良い奴かどうかは分からないけど…今回は状況が状況だったしな。…まぁ、もし俺の邪魔をするようなら、その時は容赦しないけど」

相変わらず爽やかオーラを纏いつつ放たれた言葉は、決して軽んじられるようなものではなく。
シェーリオルの気さくな笑みの裏に潜む黒い影を感じ取った少年は、思わず顔を引き攣らせながらこうポツリと呟く。

「……やっぱさっきのナシ。オマエも何か腹黒そー…」

彼がぽろりと零した呟きは、シェーリオルの耳に届いたかどうかは定かでは無かったが。


- 14 -


[*前] | [次#]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -