零の旋律 | ナノ

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「此処は…何処だ?」

だだっ広い空間に、青年が1人。
眉目秀麗、と言っても過言では無い程整った顔立ち、何処となく気品を感じさせるのは、彼の気質によるものなのか。
訳が分からず不可解そうに眉をしかめ、無意識のうちに口元に手を当てるその仕草さえ優雅を感じずにはいられない。

青年──シェーリオルは改めて肺の奥に溜まった息を吐き出してから、辺りを目線だけ彷徨わせて見渡してみる。
パステルカラーを基調とした壁に敷き詰められた赤絨毯。しかも、蝋燭などの照明機器は何処にも見当たらないのに、何故か空間内は煌々と明るい。
一言で表現するならば、夢見る少女が思い描くお姫様が住まうお城、とでも言ったところか。
まるでお伽話にでも出てくるような、ファンシーな雰囲気漂う空間に1人佇む青年の姿が、やけに滑稽に映った。

──そもそも何故、自分はこんな所にいるのだろう。
混乱のあまり思考回路が停止してしまった頭を必死に巡らせれば、自分の身に降り注いだ出来事を順序立てて組み立てる事にした。

つい先程まで、自分は間違いなく自国の城に居た筈だ。
しかも、人遣いの荒いとある人物にお使いを頼まれ──というより半ば強引に押し付けられたのだが──城から出ようとした所までは、覚えている。

しかし、突如目の前に広がる世界が暗転。
気がつけばこの奇妙な空間に1人佇む羽目となってしまったのだ。

「…となると、何等かの魔術で此処に飛ばされたのか…? それなら、元凶が居る筈だし…少し調べてみるか」

ふむ、と小さく唸ってからそう結論づければ、右も左も分からぬこの珍妙な空間を歩き始めるシェーリオル。
突如、自分が訳の分からない状況に放り込まれたというのにやけに冷静に見えるのは、彼の気質故だろうか。

全く、面倒な事に巻き込まれてしまったものだ…そう心の中でぼやきつつ、空っぽの城内を探索してみるものの。
ひたすら静寂が彼を包み込むばかりで、人気さえ全く感じられない。

「俺以外には誰もいないのか…? でも、誰かに召喚なりされたなら、召喚士の存在がいないとおかしいし…」

首を捻りつつ独り言を漏らすシェーリオルの耳に微かに飛来する、複数の足音。
振り返ろうとした刹那、彼の背筋を撫で付けるような明確な殺意にぞくりと身を震わせる。
…と同時にシェーリオルの第六感が警鐘を鳴らす──危険が迫っている、と。

シェーリオルは視線だけを後ろに向けると同時に、軽やかな足取りで真横へと跳ぶ。
すると、今まで彼が居た場所に小振りのダガーがまるで弾丸のように突きぬけていった。

もしシェーリオルが回避動作に移っていなかったら、彼の背中にダガーが突き刺さるのは必至だったであろう。
小さく息を零してから、彼の鋭い射抜くような眼差しはダガーを放った張本人へとぶつけられる。

「…チッ、何だよ躱しやがって。ま、そう簡単に当たるとは思ってなかったけどな」

しかし、その張本人からはまるで悪びれる様子も無くあっけらかんとした言葉が放たれた。
シェーリオルに睨みつけられても、全く動じてはいないらしい。

「ところで…俺としては、背後からいきなりダガーを投げつけられる理由が全く思い当たらないんだけど」

静かな怒りを湛えたシェーリオルの声が、静まり返った空間に響き渡る。
すると、ダガーを放った人物──青緑色のショートカットの少年、に見えたが──の双眸に、燃え上がるような憤怒の色が浮かび上がった。

「はぁ? この期に及んでしらばっくれるつもりかよ!? オマエだろ、オレ達にこんな事しやがったのは!?」

堰き止めた怒りが一気に爆発するかのように、そう捲し立てる少年。
だが、シェーリオルにしてみれば何故そんな罵詈雑言を叩きつけられなければならないのか、皆目見当もつかず。

「……? 一体何の話だ?」

「だーかーら、オマエが犯人なんだろーがっ、今更言い逃れようったって、そうはいかねーからな!」

どうにも話が噛みあわない。
さらに向こうから詰め寄られるが、シェーリオルとしてはこの少年の話に同意出来る筈もなく。


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