零の旋律 | ナノ

和泉様から「曇り時々晴れ」


※ほんのり篝火←斎


「それでさ……って、聞いてるの篝火?」
「ああ、うん」

 会話を止めて訊けばそう返ってくる。気のないそれはもう何度目になるだろうか。
 テーブルに肘をついて斎は大きな溜め息をついた。

「……行ってくれば?」
「そうする」

 ひらりと手を振って示すと、篝火は即座に頷いて席を立った。「都合のいい耳だよな」という斎の嫌味も彼には届かないようだった。
 再度、溜め息がこぼれる。
 仕方ない、というように斎は目を閉じた。店内に立ち込める焼き立てのパンの香りは、どうしたって防げない。三度の飯よりパンが、というよりも三度の飯がパンでも構わない程の男が、その状況で落ち着いて会話など出来ないことは明白だった。

「パンと俺とどっちが大事なんだよ、なーんて」

 ぼそりと呟いて苦笑する。
 これも一種の嫉妬というのだろうか。どちらにしろ馬鹿げていると思う。
 ゆっくりと目を開けると、ご機嫌な様子で戻ってくる篝火の姿が目に飛び込んできた。

「おかえり」
「おう。ほら、これ」
「俺の分?」

 抱えた二つの紙袋。その内の一つを渡されて、斎は目を丸くした。

「買い物付き合ってくれた礼だよ」
「……珍しく太っ腹じゃん」

 お茶もご馳走になってるのに、と呟けば、篝火は小さく肩をすくめて笑った。

「ま、たまにはな」
「へー、明日槍でも降らなきゃいいけど」
「あのな……素直に礼も言えないのかよ」

 呆れたように溜め息をつく。そんな篝火に気づかないふりをして、斎は手元の袋を覗き込んだ。

「んー、いい匂い」

 さっきまではそう思わなかったのに、都合がよすぎるのは自分も同じだなと苦笑する。
 心の奥にわだかまった鬱々とした感情は消えてはいない。それでもどこか晴れ晴れとした心地で、斎は篝火に向き直った。


END


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和泉様が緋色の宣告から篝火と斎を書いて下さりました!
ツイッターで募集していたので和泉様の書かれる小説が好きな私は自重を忘れて挙手しましたらこんなにも素敵な小説を頂けました!

「パンと俺とどっちが大事なんだよ」の台詞に思わず笑ってしまいました。比べる対象がパンなのに篝火がパン大好きさが表れていて篝火の為にあるような台詞だなぁと思いながら読んでました。
篝火のさりげない気づかいや斎の台詞の一つ一つが凄くツボで何度も読み返しては興奮していました。

この度は有難うございます。

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