零の旋律 | ナノ

丹飴様から「宝探しは哀楽と共に」



 もうどれほど長い間、こうして自分が走り続けていたのかは忘れた。もしかしたらそれはたったの十分にも満たない時間であったのかもしれないし、はたまた自分の知らないうちに既に何時間も過ぎていたのかもしれない。

 それほどまでに、男は必死に逃げていた。





「…全く、害獣駆除なんて仕事、どうしてわざわざ俺のところに頼みに来るんだろうなぁ。もっと適任な奴とかがいるだろうに…」

 人里離れた森の奥。昼間だというのにも関わらずまるで夜のような薄暗さをしたその木立の合間を、アークは迷うこと無く突き進んでいた。

 彼の元に仕事依頼がやって来たのは三日前。リヴェルア王国の外れにもある村の奥深くの森の中で、次々と人が消えていくという怪事件が起こった。

 最初はただの遭難だろうと思われていたそれに、ある日とうとうただ事では無いと思った村の男達が様子を見に行ったところ、例にも倣って彼らは帰っては一様に来なかったらしい。――幸運にも戻って来られた一人を除いて。

 そこで彼は震えながらも森の中での出来事を話していき、最後には真っ青な顔をしたまま言ったそうだ。『残りの仲間達は皆魔物に食われた』と。

「へぇ、なるほど…だからその魔物を退治するため、始末屋として名高きレインドフ家に白羽の矢が立ったという訳か。いやぁ、売れっ子てのも中々大変なんだねぇ」

「まぁ、そういうことだ。後はとりあえずその例の魔物を退治して首でも何でも持って帰れば良いところなんだが…さて、リーシェ王子。どうしてお前はさっきから俺の横をついて歩いているんだ?」

 アークは整備の施されていない道無き道をかき分け進みながら、チラリと同じようにして隣を付いてくるシェーリオルをかい間見た。

 驚く程に整った顔立ちをしたシェーリオルは、まさに才色兼備とも言えるような向かうところ敵無しの魔導師であり、王国の第二王位継承者。そんな彼がこんな辺境の地にいるなどと一体誰が考えようか。

 シェーリオルは一瞬困ったように目線を逸らすと、そのまま今度は打って変わって愛嬌のある笑顔を向けた。

「理由なんていいじゃないか!たまたまカサネからのおつかいで宝探し中に見付けてさ。面白そうだから付いてきたんだよ」

「宝探し?」

「あぁ、なんでもかなり高位にある魔石がこの森の中にあるらしい。…そうだ!もし良かったら仕事が終わったらレインドフも一緒に…」

「断る。まぁ、報酬としてこの依頼が終わった後にリーシェが俺と戦ってくれるのなら話は別だけどな」

 爛々と目を輝かせるアークに、シェーリオルは内心冷や汗をかきながらフルフルと横に首を振った。

「いや、それこそ遠慮しておくよ。…魔石を見つける前に俺が死ぬ」

 小枝や石ですら武器にする戦闘狂の始末屋相手に戦おうなんざ、命がいくつあっても足りないだろう。毎度のように繰り返されるその質問に、今更ながらに自分の発言の重大さが思い知らされた。

「こいつだったら、水鉄砲でも普通のピストルと同じように撃ちそうだもんなぁ…」

「?リーシェ、何か言ったか?」

「いえいえ何でもー」

 思わず口に出してしまった独り言によく聞こえていなかったらしいアークが聞いてくるが、何事も無かったかのようにシェーリオルは相対する。

 そして、それからしばらく進んだところで二人はおもむろに立ち止まった。

「…狙われてるな」

「あぁ、数はそう多くないみたいだし大丈夫だろ。恐らくは…例の魔物だろうな」

 アークはそう言うと、いつの間にやらシェーリオルが護身用にと持ってきていたレイピアを抜き取り、まだ見えぬ敵に向けてそれを構えた。

「あっ、俺のレイピア!レインドフ、いつの間にそれを…」

「ん?あぁ、何かその辺の小枝よりは使いやすそうだなーと思って。駄目だったか?」

「駄目も何も、まるで俺に丸腰で戦えって言ってることと同じにしか聞こえないんだが…。はぁ、ここで魔物の餌になるのはごめんだね」

「餌…?ははっ、それは傑作だ!」

 微笑みすら混ぜて少しも困った素振りを見せずに髪飾りを外すシェーリオルに、アークは思わず腹を抱えて大きな笑い声を上げた。

 段々と近付く獣の唸り声をも掻き消す程に。

「そんなに魔石を揃えて準備万端のリーシェが、たかが野生の魔物なんざに負けるわけが無いだろ!」

「いやいや笑いすぎだって。…まぁ、俺だって自分がここで負けるだなんて微塵も思ってないけどな。大切な武器を貸してやるんだから、もしも魔石が尽きたらその時はお前のを使わせてもらうぞ?」

「はいはい、もちろん喜んでお渡ししますとも。“王子様”?」

 ――Gruaaaaaaaaaa!

 それと同時に、二体の魔物が木の影から二人の元へと躍り出た。

 漆黒の鱗と毛並みを持つその魔物達は、驚くほどに巨大な口と爪を持ち合わせており、もしそんなもので攻撃されれば一撃で命を落とすことになるのは一目瞭然。

 その強靭な爪を迷い無く振り下ろしてきた魔物の攻撃に、アークは必要最低限の範囲を使って後ろに跳び躱した。

 標的を失いそのまま地面を攻撃することになったそいつは、辺りに立ち込める土煙を無視して今度は突進攻撃を繰り出した。

「――遅い!」

 しかしアークは敢えて横に躱そうとはせず、勢いを付けて走ってくる魔物の上に跳躍し背中へと着地を決める。

 そして彼は振り落とされぬようバランスを取りながら縦に剣を構えると、そのままそれを敵の首へと目掛け振り下ろした。

 渾身の一撃に絶命し倒れていく魔物の背中から飛び降りたアークは、一息つくと未だ応戦しているシェーリオルの方を見やる。

「なっ、レインドフの奴もう決着ついたのか!これは俺も早々に終わらせなきゃいけないよなぁ」

 余裕綽々といったように敵の攻撃を避けながら彼はそう呟くと、先程取った髪飾り――それに付けられていた赤い魔石を手に握り込んだ。

 そしてその魔石が目映い光を放つと同時に辺りを更に暗くする程の暗雲が立ち込め、そこから降ってきた雷の雨が凄まじい轟音と共に魔物に向かって襲い掛かる。避けきれることの出来なかったそいつは、何十にも束を成して降る閃光を全てその身体に受け止めた。

 シェーリオルは手の中で先の魔石が粉々に砕け散るのを感じ、次いで薔薇をモチーフとして造られたブローチに付いた青い魔石を手に取った。

 数ある魔法の中から今現在出来る最良の選択を取れるよう、頭の中で幾重にもイメージを重ねる。

「よし、やっぱりフィニッシュはかっこよく決めさせて貰うとするよ!」

 彼がそう叫ぶと、それに応えるかのように辺りの空気が振動し、次の瞬間――それは未だ雷撃の雨を受け続ける魔物の周りへと形を持って具現化した。

 氷の薔薇。これを表現するならそれが一番しっくりと来るだろう。透明なクリスタルを思わせるその氷の結晶は中で光を発し続ける魔物の姿を反射し、まるで一種の彫刻であるかのようにそこに佇んでいる。

「シェーリオル・エリト・デルフェニ…やっぱりいつ見てもお前の魔法は完璧だよ。俺には到底出来そうにない」

「ははっ、お褒めの言葉ありがとう。まぁ、俺にだってお前みたいな芸当は無理だと思うけどな」

 シェーリオルはそう笑いかけると、既に手の中で塵のようになった魔石の欠片を払い落とす。空を覆っていた暗雲は消え去り、暖かな日差しが二人を包み込んだ。

「――さて、じゃあ俺はそろそろ帰るとするよ。依頼は完了したし、後は以来主のところに報告しに行って終わりさ。…まぁ、案外獲物もでかかったし持って行くのは無理だろうけどな。リーシェはどうする?」

「俺?…いや、俺はまだ魔石を探すとするよ。手ぶらで帰ったとなればあの策士様に色々と文句言われるしね」

「あぁ、同感だ。俺もこんな田舎町で倒れる前に帰らきゃリアリアに何どやされるか…」

 そこまで言ってアークは深い溜め息をつくと、片手を上げると共に別れの言葉を述べ、先程二人がやって来た道を引き返し去って行った。

 残されたシェーリオルは彼の境遇に哀れみさえ覚え軽く苦笑する。

「さて、いつまでもここにいてもしょうがないし、そろそろ俺も行くとする……ん?なんだあれ」

 ここへやって来た自分の本当の目的のため、とりあえず彼は散策に出る前にアークが魔物に突き刺したままのレイピアを取りに向かう。――と、その際息絶えた魔物の口元に転がる何かを見つけて思わず立ち止まった。

「これは…魔石?」

 シェーリオルは桃色の輝きを帯びたその魔石を拾い上げると、明るすぎる程の太陽光に透かしてその中を覗き見た。

 しばらくそうしているうちに、ふと彼はあることに気付く。

「もしかして…これが、カサネの言っていた魔石なのか?」

 そして視線を魔物の方へと向けると、既に冷たくなった黒い毛並みをフワリと撫でた。

「そうか…お前ら、これを守るために…」

 これは、魔石が何から出来ているかを知っているシェーリオルだからこそ分かったこと。ずっと何年もこの石を守ってきたこの魔物達は、山にやって来た人族達がこの魔石を狙っているのだと勘違いして人々に襲い掛かっていたのだ。

 いつかやって来るだろう、これの存在を知った魔族達のために。

 シェーリオルは魔石をポケットに入れると、深々と刺さったレイピアを引き抜き鞘へと戻す。腰に掛かる重量感が、やけに重く感じられた。

「あぁー、レインドフの奴、もう帰っちゃったかなぁ」

 これから帰る前に、久し振りにこのままレインドフ家にでも遊びに行こうか。きっと熱烈な歓迎は受けないだろうけれど。

 彼は大きく上に伸びをすると、先に行ってしまったアークを追い掛けて軽快に後を歩き出したのだった。


Fin...



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丹飴様にFragmentのアークとシェーリオルを書いていただけました!

二人のやりとりがとても楽しくて特にアークがリーシェのことを“王子様”と呼ぶ場面がツボでした…!一つ一つの表現が細部まで凝ってあり、場面が鮮明に脳内に浮かんできました。
戦闘場面も臨場感が溢れていて読み応え抜群です。
そしてリーシェは棚から牡丹餅だ!と心の中で密かに呟いていました。

この度は書いて下さり有難うございます。

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