零の旋律 | ナノ

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「よく晴れているし…出かけるには絶好の天気だな」

太陽の光を反射してキラキラ輝く絹糸のような金色の髪。
端整な顔立ちはまるで彫刻のようで、どことなく気品や高貴さを覗かせる。
しかし、手の届かない高嶺の花と言うよりも何処か飄々としていて親しみさえ感じられるほどであった。

金髪の青年──シェーリオルは鱗雲が何処までも広がる蒼穹を仰ぎ見つつ、のんびりとした口調でそう独りごちる。
王子と言う立場ながら、彼は度々こうして街を散策しているのだ。

今日はのんびりした時間を過ごせそうだ──そんな事を思っていたのも束の間。
とんでもない騒動が彼のすぐ後ろまでひたひたと忍び寄ってきている事に、今の彼が気づく術も無かった。

シェーリオルの視界に隅に映り込むのは、1人の男性の姿。
こんなに長閑で穏やかな雰囲気と反比例するかのように男性の額には汗が浮かび、しきりに背後を一瞥しながら乱れる呼吸もそのままに道を疾走する。
その表情は、何かに怯えているような焦りを孕んだもので。

男性はシェーリオルと擦れ違った後、凄まじい勢いでそのまま駆け抜けていってしまった。
あまりに尋常では無いその姿にシェーリオルも訝しげに思ったらしく、立ち止まってわざわざ彼の姿を追う事は無かったもののさりげなく視線だけは男の背中を追いかける。
だが、それ以上は特に気にも留めず、丁度曲がり角に差し掛かったその時。
不意に曲がり角の向こうから何かが突風の如き勢いで飛び出してきた。

「……っ!?」

咄嗟に躱そうとするも、時すでに遅し。
飛び出してきた何かと派手に正面衝突、シェーリオルはぶつかった衝撃で後ろに転びそうになるも何とか踏ん張ってその場に踏みとどまる一方、勢いがついていた相手は思い切り尻餅をついてしまったようだ。
驚愕と衝撃で目を白黒させた後ようやく気持ちも落ち着いてきたようでぶつかってきた何かへと視線をずらせば、そこには派手に尻餅をついて腰を擦る騎士のような出で立ちをした少年の姿が映り込んだ。

「いきなり曲がり角から飛び出してくるなんて、危ないだろ。まぁいいや、とにかく大丈夫か?」

「いってぇ…思いっきり腰打っちまった。おう悪いな……じゃなくて、アイツは何処行きやがったアイツはっ!?」

やれやれ、と溜め息を吐きつつその少年を責めるつもりはあまり無いようで、手を貸そうと右手を差し出せば、少年はその手を借りて立ち上がった後服についた埃を払い落とした。
…が、取りつく島もなく何かを思い出したようにハッとなれば、焦りを孕んだ表情に一変するなり辺りをキョロキョロ見渡した。

「くっそ、何処にもいやがらねぇ…! オイコラ、さっき男が1人此処通らなかったか!?」

キッとシェーリオルを睨み付けるなり、噛み付かんばかりの勢いで詰め寄る少年。
それだけ興奮しているのだろうが、それでもシェーリオルの方と言えば飄々とした態度を崩す事は無く、相変わらずのペースで返答する。

「男…? ああそういえば、さっき擦れ違ったような…」

「マジかよ!? あンの野郎、やっぱこっちきやがったか…! だーもうっ、あとちょっとでとっ捕まえられたってのに〜!」

シェーリオルの脳裏を過ぎるのは、つい先程擦れ違った何処か様子のおかしな男性の姿。

此処でようやく、引っかかっていた疑問が解消する。
あの男性が何処か焦っていたのは、おそらくこの少年から逃れる為に必死だったからだろう。

呑気に思考を巡らせていたシェーリオルであったが。
男性を取り逃がした事で悔しさのあまり地団太を踏んでいた少年が、今度は怒りの矛先をシェーリオルに向けてきたようだ。
掴み掛らんばかりの勢いで食って掛かれば、

「オマエと此処でぶつからなきゃ、今頃アイツに追いついてからもしれねーってのによ…オマエ、責任取れよな!」

「え、俺が? 大体、責任取るって言われても、今更どうしようもないと思うんだけど」

「だったらオレに協力しろよな! よし、アイツ捕まえんの手伝え、分かったな!」

名案、と言わんばかりにきっぱりさっぱり言い切るだけでは無く、シェーリオルの返答を待たずに勝手に少年の中で結論付けてしまったようだ。
ただ曲がり角でぶつかっただけで、何故此処まで怒られた挙句訳の分からない事に付き合わされなければならないのか…若干の理不尽さを感じつつ、それでも放ってはおけないと考えたようだ。

「いやいや、まだ俺は協力するなんて一言も言ってないんだが…。まぁでも、君がどれだけ必死にさっきの男を捕まえようとしているのかはよく分かったし…俺も手を貸そう」

「そんじゃさっさと追っかけるぞ! アイツはこっち行ったんだよな!?」

「ああ、そうだが…その前にあの男は何者で、君も何者なんだ?」

「えーと…だーもう面倒くせぇっ、そこら辺の面倒臭ぇ話はアイツ追っかけながらするからついて来い!」

ふっと口元を緩め爽やかな笑みを浮かべるシェーリオルを横目に、どうやら細かい説明をするのが苦手らしい少年は説明を放棄し、さっさと走り出してしまった。
慌ただしい事だ…と心の中で突っ込みを入れつつ、少年の後を追いかけるシェーリオル。

「…で、何故君はあの男を追っているんだ?」

「アイツ、盗賊団の頭なんだよ。ようやく騎士団がアジトを見つけて突入したんだけど、アイツだけは取り逃がしちまって…だから、こうして追っかけてんだよ」

「成程…大体の事情は分かった。…つまり、君は騎士団に所属する騎士って事か」

「ん? まぁそういうこった」

少年の話を聞いて男だけでなく少年自身の素性も察するものがあったらしくふむふむ、と合点が行った様子。


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